2015年1月18日日曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑬


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:843・844・845頁

 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑬

  多神社の祭神「姫神」は結局その暁紅神で、

 天疎向津姫命は三輪山の高宮神社に坐す日向御子神にして

 天照大神である。

 つまり、

 多氏族も三輪山の高宮神社の信仰に関係していたのである。

  三輪山の高宮神社を「コウノミヤシャ」と

 言い慣わしていることは重要である。

 「コウ」は gaurā (光輝)でることは述べたが、

 枚岡神社の神津嶽も「コウ」でなければならず、

 高安郡の天照大神高座神社の

 「高座」も「コウ」でなければならない。

 さらに讃良郡の高宮神社、高宮大社祖神社の「高宮」も

 「コウノミヤ」でなければならない。

 その高宮に近い枚方市の高田は「コウダ」という。

 その隣りは香里である。

  暁神崇拝のドヴァラカ族(登美族)が

 「海を光して依り来る」神大物主神を

 三輪山に社を建て住まわせ奉祭し、

 崇神天皇の時「高宮」に関係のあった大田田根子が

 高宮神社の祭祀を引継いだのである。

 彼の所在地について、

 『古事記』は「河内の美努村」

 『日本書紀』は「茅淳県陶邑」という。

 堺市上之に延喜式神名帳「和泉国大島郡」に

 「陶荒田神社二座」とある」同名社が鎮座し、

 大田田根子を祭神として祀っている。

 ここは陶器の産地で特に須恵器多く産出した。

 ここを彼の出身地とするには少々問題がある。

 確かに「陶邑」ではあるが、ここは和泉国であって河内ではないこと、

 またこの陶邑古窯郡から出土する須恵器の製作開始時期が

 5世紀半頃からで、その時代の隔たりは150年ほどある。

 崇神天皇の時代は3世紀の末葉(290年以降)から

 4世紀の初葉である。

 更に重要な要件は彼が根子(禰宜)であったにも係わらず、

 堺市東部にはそれらしい雰囲気の痕跡を見出せないことである。

 陶器に係わっていたにしても先ず神官で祭祀ができなければ

 その役目は果たせなかったはずである。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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