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《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:830・831頁
第十二章 大国主神と大物主神
天照大神と多氏・大三輪氏⑤
注進状は多神社の一座を「天祖賢津日孁神命」とし、
それより古い「社司多神命秘伝」は
「天祖賢津日孁神は天疎向津姫命。
春日部座高座大神之社同体異名也」とする。
「春日部座高座大神」とは延喜式神名帳河内国高安郡に載る
「天照大神高座神社二座並大」で、
現在八尾市教興寺字弁天山に鎮座する。
「春日部神」、「三代実録」の貞観元年(859年)に
「春日戸神」とあるほか、
「大智度論」巻54の奥書、天平14年(742年)に
「河内国高安郡春日戸」とあることから
「春日戸」として考察すると、
春日は kasāku で「戸」とは「門」であり、
「春日戸」は三輪山と考えられる。
kasāku はその頂にある高宮名の gaura 、śuci (杉)に対応する
「光輝、照、光明」の意味で一致するし、
三ツ鳥居に象徴される三輪山は「天門」であった。
「高座(たかくら)」は三輪山の峯の移入である。
高座の「クラ」は kūla で「小高い山、山の傾斜」で、
「高座」は「コウクラ」が本音で「輝く小山」となる。
弁天山は山になっており、
同社はその中腹の傾斜地に鎮座する。
同神社名は三輪山の天照大神が
「高座」に鎮座しているとの称名で、
春日戸神は天照大神を称するものである。
多神社の「姫神」(天祖賢津日孁)は
その「高座大神之社同体異名也」といっているのであり、
天照大神であることを示唆している。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
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