2015年1月22日木曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑭


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:845・846頁

 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑭

  大田田根子は讃良郡の高宮にいた者と考えることができる。

 高宮が共通するばかりでなく、『古事記』のいう。

 「河内」内であり、「美努」は mina (魚)で、

 マツヤ(三井など)の異名であり、

 『日本書紀』の「茅淳県」の「チヌ」は「黒」であった。

 「陶邑」については、

 秦町の細屋神社が「クワヤ」で「壺屋」である事情を

 「大物主神の奉祭氏族(1)登美族」で述べたが、

 近くの太秦遺跡からは

 大和攝津に特徴を同じくする甕形土器が出土している。

 須恵器製作が始まる以前の弥生式土器である。

 秦町には加茂神社がり、「カモ」は kahamat (穴持) でるから、

 壺(甕)も二重口縁壺であった可能性について「登美族」で触れた。

  『古事記』に疫病の多いことを悩んだ崇神天皇が神牀に坐して

 大物主神から大田田根子に

 「我が御前を祭らしめたまえ」と宣告されたが、

 「神牀」は『日本書紀』の解釈によると

 「沐浴斎戒して後に坐す淨殿」となる。

 「牀」はまた「寐屋(とこや)」で現在は寝屋と転換されており、

 崇神天皇の伝承に係わる地名と考えることもできる。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ  
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