2011年3月29日火曜日

隋代には中国にも入っていた我が国の四神

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:4頁

これに対して我が国の<四神>は、東西南北にはどの方向も、

特に尊いとか下座(しもざ)だという差別はない。

最も尊いのは、中心の「黄」の位置だけなのである。

ところが中国にも、

隋代になると東西南北に

<青竜>・<白虎>・<朱雀>・<玄武>を配置した鏡がある。

唐代に書かれた小説の『古鏡記』に、

はっきりと

「中央の紐(ちゅう=摘(つま)み)には

麒麟(キリン)が、

その四方には亀・竜・鳳(おおとり)・虎が鋳出されている」と書いてある。

これで初めて五彩圏の中央の「キ」に、

「キリン」の「麒」が当てられたことがわかるのである。

隋唐の支配者たちは中国の先住民ではない。

<高句麗>という国名とカリエン人の<貝貨交易>と、

<倭迹迹日百襲姫>と書かれた

<卑弥呼>たちの「孝霊天皇系譜」で明らかなように、

朝鮮半島北端の<高句麗>地方は、

3000年前から沖縄系の人々の居住地だったが、

それから分かれた「鮮卑」と呼ばれた人々が、

今の中国東北区から中国に入って、

<五胡十六国>時代に中国を征服して、隋唐時代をっくったのである。

それは7世紀の初頭以後だから、

<卑弥呼>時代からははるかに後世である。

その<卑弥呼>時代以前の中国鏡には、<四神>を描いたものなど1面もない。

さらに考えると<項羽>と<劉邦>の<方角思想>は「上下階級思想」で、

敵対支配関係なのに対して、

我が国の「四方拝」は、

順序はあるが四方を平等に尊崇する和(なご)やかなものである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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