2011年3月10日木曜日

眼に見るような「倭国大乱」と「卑弥呼共立」

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録16:26頁

これまで卑弥呼は、

普通の女の子が、まるでシンデレラのように、

物好きな小国王たちに「共立」されて

「倭国の女王」になったのだとされてきた。

ひどいのは黒岩重吾氏のように

「邪馬台国の女王」に共立されたと思い込んだ人もいた。

多くの人が邪馬台国だと錯覚した

その韓は、九州北部の伊都国から南へ水行10日陸行1カ月の、

所在も知れない小国だから、そう思われても仕方がないというのではない。

彼の空想はさらに飛躍矛盾して

「8世紀なみの大和朝廷」の女帝として選ばれたというのだから、

フィクション作家の創造力は恐ろしい。

しかし現実の卑弥呼は、作家が

「共立」を誤解したような甘ったれた存在ではなかった。

それは夫を討たれて寡婦になった神功皇后が、

ジャンヌダルクのように先頭に立って、

戦い取った、偉大な戦果だったのである。

それは新羅が鹿児島の開聞(シラキキ)から、

熊本の不知火(シラヌヒ)、

福岡の白日(シラジッ)と大移動した後、

朝鮮半島にまで追い上げた五彩圏統一の戦いだったのであり、

それを可能にしたのは彼女が、

前漢代以前から朝鮮半島の最北端を越えて、

邑婁・夫余とともにギリシャ系政権を確立していた高句麗王家出身で、

現実に戦った実質的な戦闘員が、

沖縄から高句麗まで支配した大族・武内一族だったからである。

卑弥呼共立時の倭国大乱は、

このように、その規模まで明瞭に解読できるのである。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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