2016年5月30日月曜日

《八潮市立資料館:藤波邸の「牛角兜」》➀

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:1237~1251頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《八潮市立資料館:藤波邸の「牛角兜」》

  埼玉件越谷市南部の大成町、川柳町、伊原、蒲生、

 とこの辺りには久伊豆神社が集中している。

 それに続く草加市の青柳、八潮市八俣、鶴ヶ曽根
 
 にも鎮座し、

 その南端は、西袋の氷川神社と通称されている

 氷川久伊豆合祀社である。

 その宮は柳の宮と呼ばれ、それによる同地名もある。

 「柳」は久伊豆神社の関係する地名であることは

 「久伊豆神社とお獅子様」で述べた。

 柳之宮の北には南後谷地区がある。

 越谷市の北後谷に対する南後谷である。

 同地は平安時代からの居住跡が

 発掘調査により確認されている。

 地区内にある八潮市立資料館2階には、

 紺屋(監染屋)の紹介展示が、二体の青銅製染工を

 据えつけるなど詳しくなされており、

 この地方で「染め」の紺屋業が

 盛んであったことを明示している。

 後谷が「コーヤ」で

 ヘブライ語のkogl(玉、球)を祖語とし、

 繭、生糸の加工を業とした人々を言う。

 その活躍の伝統を記録しているのである。

  同資料館に付属して「藤波邸」の旧家屋が

 文化財として保存されているが、

 その床の間に勇壮な木彫りの兜が置かれている。

 当館では単に「兜」と銘打っているが、

 本書は敢えて「牛角兜」と呼ぶことにする。

 というのも、実に太い牛角を備えた兜だからである。

 鎌倉彫の一木彫で、その製作年代は大正期、

 20世紀の初めで未だ100年を経ていないものだが、

 この牛角兜の持つ文化的価値は極めて高い。

 人類の霊あるいは神といった見ることのできない

 存在に対する信仰を意識し始めてからの

 1万年の重みを象徴しているからである。

 その高さは120㎝、幅もおよそ100㎝を超えている。

 基台となっている帽子状の部分の高さは50㎝四方、

 角の部分の長さが110㎝ある。

 左右の牛角の太さ(直径)は根元で15㎝余である。

 この牛角の祖型は

 野牛あるいは水牛と呼ばれる種の牡牛の角である。

 日本の伝統的和牛のものではない。

 牛角の張りが「脹(ふくら)」で、まさに弓状を成し、

 両角が大きな半円を描くようである。

 この牛角兜は藤波家が20世紀の初めに置物として

 買い入れたものではない。

 特別に製作されたもので、

 その原型を同家は 

 永年伝統として継承してきたものとみられる。
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