2015年6月24日水曜日

宇屋谷と神代神社(3)神代と諏訪大社②

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:918~922頁

 第14章 牛頭と鹿頭 

 宇屋谷と神代神社(3)神代と諏訪大社②


  延喜式神名帳水内郡には

 「建御名方富命彦神・別神社名神大」が記載されている。

 「富」は富(登美)氏族との縁りを推測させる。

  前掲の室町時代の小坂円窓が著した「諏訪ぢ明神絵詞」に

 「神代」は登場する。

 春の御立坐神事に神使として六人の幼童がその役目に当たるが、

 「神代童體(体)」故ある事なり」と記している。

 つまり「神代」とは「神使」なのである。

 諏訪大社にとって「大祝」とは「童」なのである。

 「神代」はまた「御霊代」とすることができ、

 これは「神子(童)」である。

 上社大祝家は神家という。

 その系図を記した「神氏系図」(諏訪教育会所蔵)の

 原文(漢文)の序文は次のようにある。

  神代ノ事ハ幽邈ニシテ記シ難シ。

  伝ニ曰ク諏訪大明神ハ天照大神ノ御弟、

  建速須佐之男命ノ六世ノ孫、大名持命ノ第二子、

  御名方富命神是ナリ。

  尊神、父ノ大神ノ大造ノ功ヲ輔ケ、国土ヲ経営シ、

  終ニ天祖ノ命ヲ奉ジ、之ヲ皇孫ノ命ニ譲リ、永ク此国ニ鎮座ス。

  子伊豆早雄命十八世ノ孫、健国津見命ノ子、健隅照命、

  科野国造健甕富命ノ女ヲ妻ル。

  健甕富ノ子、諸日照命、幼クシテ父ヲ亡フ。

  是ニ茨木国造許々意命、磯城島朝天皇ノ御宇、  

  科野国造ヲ拝シテ許々意命、緩撫ノ道ヲ失フ。

  健隅照命之ヲ遂にニ竟ニ襲フ。

  国造九世ノ孫、五百足、常時尊神ニ警ス。

  一日夢ニ神有リテ告グ、汝ノ妻兄弟部既ニ姙ル、

  身分娩必ズヤ男子ヲ挙ゲン。

  最長シテ吾将ニ之ニ憑ク有ラント欲ス。

  汝宜シク鐘愛スベシ、夢覚メテ後、之ヲ妻兄弟部ニ語ルニ、

  兄弟部モ亦、夢ヲ同ジク恠ム。且ッ慎ム。

  後果シテ男子ヲ産ム。因リテ神子ト名ヅク。亦熊子ト云フ。

  神子ハ歳ノ時、尊神化現在、御衣ヲ神子ニ脱着セテ、

  吾ニ体無シ、汝ヲ以テ体ト為スト神刺有リテ、御身ヲ隠ス。

  是即チ御衣着祝神氏有員ノ始祖ナリ。

  用命天皇ノ御宇二年、神子社壇ヲ湖南ノ山麓ニ構フ、

  其子神代、其子弟兄子(…略…)


  ここに登場する「神子(神童)」は、御名方神に係わる

 サンスクリット語からきた概念である。

 「ミナ」がその用語の基になっていて、

 「少年」で、その属性が「バラモンの少年/波羅門童子」である

 nāṇava を移入したものである。

 その同類語に kanāra (童子、児童)があり、

 インドの最南端にコモリン岬があるが、

 それは英語名で、ヒンディー語では kanniya-kunāri といい、

 インド古来からの童子信仰に依る。

 kunāri は kunāra の女性形で「少女」を意味し、

 コモリン岬 は女性の保護神の聖地である。

 「神子」を「熊子」というのはこの kanāra に依るのである。

 ここに、「神」を「クマ」と訓む例がみられ

 「神代」が「クマシロ」と読まれるのである。

 阿曇族の祖神海津見命はまた「少童」とも表記されるように、

 その祖神は童子である。

 「アズミ」はシュメル語の es-mā (家-船)で海人族に相応しい。

 スバル族にシュベリ(息子)とアシュリ(娘)があったと論じたのは

 第2章であった。

 このシュベリがインドに入り童子信仰となったと考えれれるが、

 日本に至り「ワタツミ」、

 そして諏訪大社に至り「神子」となっているのである。

 シュメル語に min があるが、

 これも「ミナ」であり、

 その字義は「二(漢字)」でサンスクリット語の dva,dvi と同義で、

 諏訪大社も」
 
 上社下社、前宮本宮、春宮秋宮の構成の

 元になっていると考えられるし、

 同じく men は「冠」の意味であるが、

 同様「ミナ」の概念で

 御柱祭の最後の段階御建神事に当り曳行されて

 また柱の頭を三角錐斧で切る「冠落し」と係わる。

 祝(ハフリ)は

 メソポタミアのハブール地方発祥の神官の名称であることを

 紹介するのが本書の主題であったが、

 諏訪信仰にはシュメルの想念が生きているのである。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)  
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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