2015年6月13日土曜日

宇屋谷と神代神社(1)宇屋谷と宇夜都弁命③

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:900~902頁

 第14章 牛頭と鹿頭 

 宇屋谷と神代神社(1)宇屋谷と宇夜都弁命③

  諏訪神が「風の祝」と言われる遠因はこの「ウヤ」にある。

 諏訪大社の象徴は薙鎌であるが、

 「カマ」はサンスクリット語の kamāra で鍛冶を意味する。

 また、

 御名方神が諏訪に入る際に先住の洩矢神と闘ったとの伝承で、

 同神が藤枝を持って戦ったといい、

 藤島社が諏訪大社の摂社として諏訪市清水に鎮座するが、

 「藤」は鞴のことであり、その技術はこの宇屋谷にあったものである。

 出雲国風土記の島根郡美保郷に

 「天の下造らしし大神の命、高志の国に坐す神(略)、

  奴奈宜浪比売命にみ娶ひまして、産みましし神、

  御穂須須美命、是に神坐す。

 故、美保といふ。」とあるが、

 その地に「須須比の埼」があり、

 日本古典文学大系は、これを「大芦浜西北部でススミ崎という」

 と注して、須須比、須須美が同根であることを示唆している。

 つまり、須須美命は śusuma,śusumin に由来し、「息吹き」である

 「風」を神名にしていることが理解でき、

 宇夜都弁命、美穂須須美命が同神であることがみえてくるのである。

 因みに美保神社の類社で摂社としている

 美保関町森山の横田神社のある地、字名森山には伊屋谷があり、

 これは宇屋谷の転訛で、

 あるいは太初の美保神社はこの地域にあったとも推測される。

 美保関の美保神社は現在も青垣神事が行われているように

 事代主神を主神として最初から祀られた神社として

 よいのではないかと思う。

 その神格はともかく、

 伊屋谷の名称から

 そこに「三保神社」の祖社を求めた方がよいであろう。

 「横田」は「オウタ」で vāta (風) の転写と

 みることもできるのである。

 「出雲神社巡拝記」は

 「森山村の三保大明神が風土記にいう三保社で、

  同社に合殿の横田だ尾明神は風土記にいう横田社、

  延喜式にいう横田神社」と述べている。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 

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