2016年4月12日火曜日

《伊豆と浜名》②

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 《参考:年表・資料》
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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:~頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《伊豆と浜名》②

  日本へ来たイスラエル人の信仰に

 星信仰がみられる事情は既に述べた

 天形星に依っても明らかである。

 伊豆の祖語であるヘブライ語の

 IZ が複数形 IZYM(uzin) となると、

 日本では「星」の概念が一層強くなる。

 その「ウツ」を市名としているのが

 栃木県宇都宮市で「星宮」の字義となる。

 県下に数多く鎮座する星の宮神社の異称が

 「宇都宮」である。

 ただし、その祭神はヤハゥエ神信仰と全く関係なく

 単に地名に取り入れたに過ぎないので

 ここでは深入りしない。

 これに対し静岡県湖西市の

 浜名湖に突き出した岬にある

 宇津山はヤハゥエ神信仰に係わる。

 入出は「イリイデ」で ALH-ID(aeloh-ied) で

 「証人の神」となり、ガド族の神を表わしている。

 同地区内に西宮神社が鎮座していることや

 隣接して太田地区があることが傍証となる。

 半島の北側の入江、松見ヶ浦名は「戒律」を意味する

 MTsVH(mitsevah) の転訛であろう。

 さらに宇津(都)山の周辺が

 「根古屋」と呼ばれることが注目される。

 その字義は

 「ネ・ナ」が「神」、「コヤ」が「星」を表し、

 「星神(神-星)」である。

 同語の祖族は倭人(彝属、阿尼族)で、

 彼らが稲作、養蚕と共に日本へ移って来た信仰である。

 第10章 天毒とセリカ 「朝鮮と姑射」で

 姑射を「コヤ」と読んでいることを紹介したが、

 その用語である。

 同名は騎西町の玉敷神社近くにある地名でもある。

 さらに祖語を同じくしている地名に

 愛知県の名古屋(那古野)、

 佐賀県松浦郡鎮西町名護屋、

 新潟県佐渡郡真野町名古屋などがある。

 「コヤ」は、

 鳥居龍蔵が明治期に大陸内奥で調査収集した

 彝族(ロロ族)などの言葉の中に

 káb(リス)、

 héa(白ロロ)、

 kéa(Sēpu白ロロ)、

 kam(西蕃:ポップ・寧)、

 kú(西蕃)などと

  ※鳥居龍蔵「中国の少数民族地帯をゆく」より抜粋

 「星」の単語があり、これが該当する。

 「ネ、二」にも彝語、阿尼語にあり、

 現代の漢語に尼(ni)、濔(ni)などと表記されている。

 そして「ネ」は日本の古典で「根」と表記され、

 天津彦根神、天津道根神などと採用されている。

 「ネコヤ」が倭語でありながら

 ヤハゥエ神信仰に深く係わっているのは、

 第10章で述べたように養蚕業の専門技術は倭族にあり、

 イスラエル人は絹の加工とその流通において優れ、

 相互が共働していたからである。

  湖西市の南側は新居町だが、

 その地名内山は宇津山を転訛させたものであり、

 町名「アライ」は入出の「入」と同じく

 ALH(elh)の音写でヤハゥエ神を表わしている。

 新居町に湖名でもある浜名地区がある。

 域内に恵比寿神社などが鎮座しており、

 やはりこの地方が

 イスラエル人の影響を受けた様子がみられる。

 吉田東吾は大日本地名辞書で和名類聚抄の

 猪鼻郷にここを比定している。

 以下の解釈によりそれは妥当と考える。

 「猪鼻」の表記名は、

 「千葉:坂戸神社の人身御供神事」で

 「千葉」がエルサレム市にある丘の名称

 TsYVN に依ると解明した。

 その古名である猪鼻が

 千葉市中央区市場町と並んである。

 猪鼻名は和名類聚抄ばかりでなく、

 現在も浜名湖の北西三ケ日町のうちに

 猪鼻湖として「イバナ」の呼称で存在している。

 その湖は宇津山の北方に当たるが、

 同山より松ヶ浦を隔てて、そとに

 知波田あるいは大知波と「チバ」という地名があり、

 「イバナ」も TsYVN が祖語であることを示唆している。

 イバナが「ハマ(ヴァ)ナ」と転訛されたのである。

 箱根の名称由来で述べたように、

 母韻の語頭に"H"がつけられ、H-イバナ:ハヴァナとなり、

 マとヴァとの互換性からか、

 新居町の地勢で猪鼻郷の地が

 砂浜海岸を遠州灘に広げていることからか、

 「浜名」の漢字が当てられたとみられる。

 このような解釈から新居町の浜名が

 和名類聚抄の猪鼻郷の遺称地とすることができる。

 浜名湖または猪鼻湖であったことになる。

 イスラエル人の聖地シオンを呼称しているのである。

 猪鼻湖神社(現引佐郡三ケ日町下尾奈)が

 「延喜式」神名帳の遠江國濵名に載っており、

 「猪鼻」は古代からの名称である。

  新居町の東、遠州灘に沿って舞阪町がある。

 この町名もヘブライ語の「出口」を意味する

 MVTsH が祖語であろう。

 浜名湖の太平洋の出口に位置している。

 同町舞阪には岐佐神社が鎮座し、

 同名は埼玉県の騎西町の元でもある

 島根県安来市吉佐町名と同音であり、

 支布佐神社に由来する名称で、

 本来は「箱」の意味 KPhSH である。

 岐佐神社も

 「延喜式」神名帳の敷智郡に掲載されている。

 その「敷智」を「フチ」と訓じているが

 HED(hed) の音写で「こだま」を表す。

 同郡の六座のうちに許部神社が載っており、

 「コベ」は「声」の意味のKVLの音写であろう。

 舞阪町の北側は雄踏町となるが、

 「オトウ」は湖西市の宇津山の西方太田と同様

 「証人」 ID に依拠した地名である。

 浜名湖の入江の向こう浜松市白洲に

 宇気比神社が鎮座していることに対応する。

 宇気比は「誓約、証し」である。

 「延喜式」神名帳の濵名郡に載る英田神社は

 「エタ」と訓が付されており、 

 ID の音写であることは明白である。

 また敷智郡に載る息神社は「オム」と訓まれているが、

 これも「契約」を意味する AMNVH の転訛であろう。

 同社は現在雄踏町宇布見に同名で鎮座している。

  舞阪町、雄踏町の奥の浜松市域に

 佐鳴(さなり)湖がある。

 佐鳴は「サメイ」が本当であろう。

 台東区の下谷(したや)を「シモヤ」と解釈して、

 その祖語を ShMI で

 シェマアの祈りに係わる用語であると

 「浅草と目黒」で紹介した事情と同じである。

 湖を囲むように入野町が広がる。

 これも台東区の入谷に対応する ALH の音写で

 「神」の字義である。

 域内に天白神社、三国神社、誓約神社が鎮座しており、

 ヤハウェ神信仰関係の祠が顕著である。

 また浜松市内に20社以上散在するなど
 
 静岡県各地に六所神社が目立つ。

 「六所」は「多摩の律法箱」で述べた通り「ムショ」

 MShY の音写で、「絹、絹織物」を表わす。

 「駿河国の馬鳴神」で述べたように

 この地域は養蚕と絹産業の繁栄した地域であり、

 秦氏の足跡が信仰と産業の両面で

 顕著に遺っているのである。

 《参考》
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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