2016年4月26日火曜日

《幸手の秘密》④

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
 セブンネット

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜::1155~1167頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

  さて、神社名について説明する。

 同地には先に述べたように全く神社としての

 建屋も鳥居のようなものも無い。

 単なる石塚の様相を呈している。

 その姿は『出エジプト記』第20章に述べられた
 
 「石の祭壇」の姿である。

 自然石の積み重ねで、

 中に講社記念の石などがはめ込まれている。

 その神社名について

 八海山神社とする資料もあるが、

 御嶽信仰に依り取り入れられた名称で、

 本来は「八海」だけの方がよさそうである。

 何故ならば、

 著者(小嶋秋彦)が同神社を拝観し、

 ある氏子の方を訪ねた時、

 その方は神社名を「ハッカム」と言って

 すぐに「ハッカイ」と言い直した。

 「ハッカム」はヘブライ語の 

  Kh(H)KhM(智恵者) であり、

 田宮の DIH と同類でヤハウェ神の尊称である。

 実に2000年の時を超えてこの地の人々は

 その意味が解らなくなっているかもしれないが、

 ヘブライ語を口上に乗せているのである。

 ある老人は「石塚」のことを

 「オウガとかオウガルという」

 と著者(小嶋秋彦)に言った。

 この祖語もヘブライ語の AVN-GL そのままで

 「石(岩)-塚(積み重ね、山)」である。

 正しくここではヘブライ語が生きていて、

 周辺には、その石塚の管財人、監視人また

 「(神の)岩の家」と名乗っている人々がいる。

 この石塚は八海(智恵者)神社にして、

 明らかにイスラエルの神の「隠れ場」にして

 「律法の巻物『旧約聖書』」が

 埋納されている祭壇である。

 ここまでイスラエル人の定着を書き連ねて、
 
 各地で

 巻物や幕屋への信仰を潜在させている地域を

 紹介してきたが、

 ここ程に「律法の巻物」を埋蔵しているとの

 遺産が覗える地方はない。

  それでは、

 「隠れ場」として秘密を護っている地に

 「サッテ」

 「キダチ」

 「シヘウチ」

 「ハッカム」

 「オウガル」

 「キッバ」などの

 秘密を明かす名称が

 何故与えられているのだろう。

 著者(小嶋秋彦)が八海神社の周囲の方と

 話したのは全部で20分弱であった。

 ほとんどの人は口堅く、

 「サッテ」の名の如く語ろうとしなかった。

 しかし、

 石塚の祭壇を見つめ周囲を少々回るうちに

 全てを理解できるような資料を得たのである。

 その状況は自己自身の能力ではなく、

 神に導かれているとの思いさえした。

 つまり、

 神はこの隠れ場をいつか

 「目が見えるもの」

 「耳が聞えるもの」を使わせて

 秘密を公にすることを望んでいたのである。

 そのため上記のような名称を

 ここに遺しておいたのである。

 それは、

 『イザヤ書(第2)』第41章の詩編に

 語られているように

 「海沿いの国々」「島々」に

 再び神の栄光を語り告げ、

 第49章6

  主は言われる、

  「私はあなたをもろもろの国人の光となして、

   わが救いを地の果まで至らせよう」

 とする神の意志である。

 神はいまイスラエルの神の日本における

 復興を望んでいるように思う。

 本書がイスラエルの人々(ガド族)の秘密を

 公表するのは、

 その意向に適っていると考えるからでもある。

 この分節「幸手の秘密」の草稿を

 纏め上げ得たのはいる。

 クリスマスの宵(12月24日)のことであり、

 天の配剤をそこにも感じている。

  幸手とは、イスラエルの人々(ガド族)の

 隠れ場(至聖所)を長い間秘密裡に

 護り続けてきた聖地なのである。

 《参考》
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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