2016年4月24日日曜日

《幸手の秘密》②

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:1155~1167頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

  しかし、

 「サッテ」には別の秘密も隠されている。

 ヨルダン川のほとりに築かれた祭壇が

 ガド族の子孫などが

 燔祭や犠牲及び酬思祭を行うことでないことを

 認め納得した他の支族たちは、

 ヨシュアから

 「主の僕(しもべ)モーセが

  あなたがたは命じた戒めと律法とを慎んで行い

  あなたがたの神、主を愛し、

  その全ての道を歩み、その命令を守って

  主に付き従い、心を尽くし、精神を尽くして、

  主に仕えなさい」といい、許しを与えた。

 この章句では何も記述されていないが、

 「戒め」である十戒を刻んだ石板と

 「律法」である聖書をの「巻物」が

 祭壇に納めるため与えられたと考えられる。

 「十戒」の石板の最初のものは、

 イスラエルの人々が金の子牛像を作って
 
 神としたため、怒ったモーセが

 それを投げつけ砕いてしまったが、

 神はモーセに二枚の石板を作らせ、

 それにまた十戒を彫り込んで渡した。

 その二枚の石板は「契約の箱」に納められ、

 仮庵の至聖所に安置され、

 後にダビデの子孫などに与えた石板は

 同じく二枚でモーセの手に成った石板と

 同じように複製されたものであっただろう。

 「律法の巻物」は羊皮紙などに

 書かれたものであっただろう。

 紀元前8世紀に

 アッシリアへの捕囚となった人々は秘かに

 これらを帯びて長い旅を続けていたものだと

 考える。

 そして、安住の地と定めた幸手の地に

 彼らは「巻物の隠し場」である祭壇を

 築いたのである。

 「サッテ」とは、

 この「巻物の隠し場」をも言っているのである。

 二枚の石板がこの地に来た人々には

 護られていなかったことは後述により判明する。

 その巻物が実際ヨシュアから

 与えられたものか、どうかは疑わしい。

 しかし、それに代わる役目を果たしてきた

 彼らにとって最も貴重な巻物の隠し場である。

  20世紀後半にイスラエルの死海の沿岸の

 涸れ谷のムランで壺に入れられた

 ヘブライ語の諸書が発見されたが、

 それらは羊皮紙あるいは銅板に印刻されていた。

 湿気の多い日本で3千年以上昔に製作された

 ものが無事に保管され得ているか疑問であるが、

 日本へ渡って来たイスラエルの人々が

 最も重宝した巻物が納められているはずである。


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