2016年1月28日木曜日

《福島:伊達と安達》

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
 執筆時期:1999~2000年
 牛角と祝祭・その民族系譜:1051~1056頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《福島:伊達と安達》

   福島県の東北部に伊達郡がある。

 「伊達」は現在「ダテ」と呼称されるが、

 「イタテ」とも言われた。

 初見は和名類聚抄信夫郡の〔注〕に

 「国分為伊達郡」とあり、

 平安期に信夫郡から分かれて

 伊達郡が成立した様子が解る。

 信夫郡に所属していた

 伊達郷がその中心であった。

 それからすると、

 伊達の地名は平安期の前期以前に

 すでに存在していたものとみられる。

  福島県は古来養蚕が盛んであった。

 特に伊達郡に著しい。

 「信伊二郡村誌」の明治9年の記録に物産として

 生糸、平絹を挙げ、

 「男は皆農桑を業とす、

  女は養蚕、製糸、繊絹を業とす」

 と述べられている。

 伊達郡川俣町館には機織神社が鎮座する。

 会津若松市蚕養町に

 「延喜式」神名帳陸奥国会津郡に

 同名で載る蚕養国神社が鎮座する。

 また神名帳に

 「志太郡、敷玉早御玉神社」が

 記載されていことから、

 秦氏系の絹業者が入っていたと解り、

 イスラエル人の居住が推測される。

 「イタテ」はガド族の「誓い、証し」の

 字義である IDVT(idut) あるいは

 IDYVT(idiut)であることが確かになってくる。

 以下はこの伊達郡及び安達郡が

 イスラエル人の地であったとことを明らかにする。

  伊達郡伊達町に志和田地区がある。

 「シワタ」は

 諏訪野、千供田と祖語を同じくするもので、

 ヘブライ語の SPhR(sefir) に依る。

 現代においては「本、書籍」であるが、

 古代においては「巻物」で、

 SPhR-TORH は「律法の巻物」で旧約聖書を表わした。

 「伊達巻」という用語がある。

 今は料理名あるいは

 着物の帯の巻き方の名称となっているが、

 本来はこの「聖書の巻物」が元祖と考えられる。

 志和田には鎮守として神明宮があるが、

 これは「カンメイ」で、

 KhMVSh(khmesh) の「モーセ五書」の

 転写と考えられ、旧約聖書の信奉社と考えられる。

 伊達町の東方は保原町となるが、

 「保」 HI(hei) はヤハゥエ神と呼ぶことを除けた

 同神の表記であり、これを表現する場合は

 ADNY(adnai) あるいは HShM(hashem) と言う。

 この ADNY が同町大泉内の「大田」及び「ニ井田」に

 別れて地名となっている。

 また柱田は HShM が転訛したものであろう。

 保原町の東の霊山町の中心は掛田である。

 かっては懸田と表記されたが、

 これはガドの音写であり、

 室町時代の懸田氏は

 ガド族に連なる者であったであろう。

 掛田の南は小同だが、

 これは本来「虎国」であっただろう。

 「トラ」は律法でである。

 それに連なる川俣町の小神は虎神で律法神、

 小島も虎島で、安来市の聖地砥神嶋名に依る。

 戦国時代の小嶋之郷で「伊達世臣家譜」に依ると

 小島丹波は懸田氏の一族であったと伝えられ、

 ガド族の一族であったと推測される。

 羽田は「ハネタ」と呼ばれているが、

 「ハタ」に通じる。

  伊達郡の南は安達郡となるが、

 和名類聚抄はこれを「安多知」と訓む。

 「アタチ」はヘブライ語の IDTY(iedaty) で、

 現代では「ユダヤ人の共同体」の字義で、

 古代ではいて、
 
 「イスラエルの支族の集団」を表わしていて、

 ここにイスラエル人が居住したことを

 示した地名と考える。

 本宮町館の安達太良神社がその中心で、

 安達太良山に奥宮があったと考えられている。

 「太良」は、川俣町に太郎坊山があることに対応する

 TORA の転訛と考えられる。

 また安達太良山の祭神のうちの一神、

 甑大明神はサンスクリット語の kauśika の音写で

 「絹、絹帛、絹の衣服」を表わし、

 蚕神として祀ったものである。

 本宮町内には青田の地名があるが、

 元は太田と表記されていた。

 その南に仁井田の地名があり、

 川俣町と同様 ADNY を分化して

 地名としたものとみられる。

  この地方には「飯」の付く地名が多い。

 伊達郡飯野町、相馬郡飯館村、川俣町飯坂、

 福島市の温泉のある飯坂などである。

 これらは一般に「イイ」と呼称されているが、

 桑折町の半田がかって

 飯田(はんだ)郷と表記されていたことからすると

 「ハン」であったと推測される。

 安来市の木戸川、吉田川河口地域に飯島町があり、

 これを「ハシマ」と訓み、

 そこに羽島神社が鎮座するので

 「ハネシマ」あるいは「ハンシマ」である。

 「ハン島」は

 同社が鎮座する権現山が

 元は島であったことに依るが、

 聖地砥神嶋の別称とも言える。

 その字義は

 ヘブライ語の HVN(han) で「富、財産」を表わす。

 静岡市の建穂神社の祭神は「馬鳴神」という

 「富、財産」神で「富」を祈願していたが、

 伊達郡においても養蚕業、絹加工業による「富」、

 「豊かさ」を希求したものと考える。」

  砥神島は「宝島」であり、「富島」である。

 「福」とは「とみ」である。

 「釈名、釈言語」に「福、富也」とある。

 「福島」とは「富島」で「飯島」である。

 福島県名は

 安来市の砥神島に由来する地名とすることができる。

 福嶋は戦国期からみえる郷名ではあるが、

 信夫郡内の古くからの地名だったと考えられる。

 「福」にはまた「天のたすけ」の字義があり、

 ヤハウェ神の天の恵福を与えたり、
 
 支援し続ける神格にも合致する。
 
 川俣町の小神(虎神)に隣りする

 羽田が「ハネタ」と称されているのも

 そこに理由がある。

  最後に「イタテ」が「ダテ」と変わっているが、

 「ダテ」はヘブライ語の DTY(date) の音写で

 「律法を遵守する人、信迎者」を意味する。

 伊達郡、安達郡はイスラエル人の信仰を基礎に

 絹産業に依る繁栄を願い続けている地方である。
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