2016年1月22日金曜日

志摩のダイダラボーシと天白社②


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
 執筆時期:1999~2000年
 牛角と祝祭・その民族系譜:1034~1041頁

 第16章  ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《志摩のダイダラボーシと天白社》

  志摩においてはダンダラボーシの説話が

 いろいろと語られている。

 地方によっては

 「デーダラボーチ」「ダイダラボーシ」ともいい、

 関東方面では大太法師と表記される。

 その根元は何処にあるのであろうか。

 「大太」は「ダイダ」で「智恵」を表わす
 
 ヘブライ語 DID(daid) がその祖語である。

 また、その背景には日本語(漢字)に「大人」と

 音写されたダビデ DYD から始まったと推測される。

 播磨国風土記託賀郡に

 「大人ありて、常に勾り行きき。

  南の海より北の海に到り、

  東より巡り行きし時、

  北の土に到りて、

  云ひしく、

  『他土に卑ければ、

   常に勾り伏して行きき、

   此の土に高ければ、

   申びて行く。

   高きかも』といひき。
   
  故、託賀の郡といふ」

 と巨人伝説を紹介している。

 播磨国は秦王国、秦氏の強盛な地方であった。

 これが志摩へ伝わって

 ダンダラボーシとなったと考える。

 「ダイダラ」は「大人」で、

 「ボーシ」はサンスクリット語の

 badhi(開悟) を祖語とし、

 仏教では菩提、日本で沐師となっている用語である。

 志摩には大王町波切初め、

 船越、和具、阿児町甲賀、安乗、鵜方、

 また鳥羽市畔蛸とその伝説がある。

 大王町名はそのダンダラボーシ名によるものである。

 だが、この巨人、波切では

 沖合の大王島に住んでいることにもなっていて、

 時々悪さをする。

 波切の村里にやって来ては娘をさらっていく、

 そこで

 「智恵のある法師(坊主)が、

  畳一枚もある大きな草鞋を作ったり、

  一間もある魚入れの籠を作ったり、

  二間途りの股引形餅入れ袋を作ったりして、

  浜辺で大王島の巨人に見せることにした。

  そうすれば
  
  巨人は自分より大きな奴がいるのだろうと思って

  波切の村里へは

  やって来なくなるだろうとの名案である。

  やってみると、

  巨人は蒼くなって逃げて行ったと伝えられている。

  地元では大王島に住んでいた巨人を

  ダンダラボーシと伝えている」が、

 実際は「智恵のある法師」が祈願した巨人こそが

 ダンダラボーシである。

 「智恵のある法師」はまさに「(口+急)々如律令」である。

 また静岡県焼津市小川遺跡から出土した木簡に記されていた

 「咄(口+天)(口+是)(口+鬼)七鬼神」は、

 このダンダラボーシを漢字で表示したものである。

 「咄」は「咄嗟」とあるように漢字の仲間であるが、

 「(口+天)(口+是)(口+鬼)」は

 大漢和辞典にも無い字体である。

 これは

 咄(ダ/デ)-(口+天)(テ)-(口+是)(ラ)-(口+鬼)(パク)

 -七(シ/チ)-鬼神と理解される。

 それが蘇民将来の子孫に関係する神なのであった。

 さらに同名から誕れたのが

 志摩に幅広く信仰されていた

 天白大明神である。

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