2010年9月24日金曜日

日子や別・和気は『記・紀』編纂時代に作られた作字

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録11:5頁

これを順序だてると、

語源はポントスで、

沖縄では本牟智・フムチ和気。

⇒南九州では品牟都・ホムト和気。

⇒大隅で誉津・ホムツ別。

⇒朝鮮半島で郊彘・ホンデと、

方言差による一群の名ができたので、

語尾のワケと読まれてきたものは、

もともとポントスのスに対して

沖縄で「子(シ)」の字が当てられたものに、

敬愛の意味をもつ和の字を加えて和子としたものが、

やがてワコと読まれ、

南九州語では木はコなので、和木(コ)と当て字し、

それをまたワキと読んだ者が、

和気・別(ワキ)という当て字を新たに考案したものだったとわかる。

そしてこの「別」の字が沖縄でビチと読まれることから、

後世、ビには日、毘、比などが当てられ、

沖縄のチは本土語のキなので、木の字が当てられていたものを、

南九州でヒコと読まれ、比古・日子・彦などの

新たな当て字が使われるようになった。

だからこれらの敬称は、

その人物の生前に実際に使われていたものではなく、

ポントスのスに対する当て字から始まって、

後に次々に追加された後世人の作字の一種で、

7~8世紀のものでしかない。

これと間違いそうによく似た官名に、

『魏書倭人章』の卑狗・ピクがある。

これは指先から肘(ひじ)までの長さを物差しとして使う

単位・キュービットのシュメール~トルコ名で、

陸地の支配者を意味する官名、

これに対する当て字は「日高(ヒク)」であって日子や彦ではない。

『参考』

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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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