ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2013年7月16日火曜日
ドゥルガー(3)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:41頁
第一章 ドゥルガー (3)
西インド、ヴィンダヤ山脈の南方アウランガーバード
北西に名高いエローラの石窟がある。
仏教、ヒンズー教などの石窟が七十余あり、
その地域は約二キロメートルに亘っている。
その中の第一四窟にドゥルガー像が浮彫りされている。
憤怒の形相の女神は左手で牛の口先を圧さえ、
右足でその臀部を踏みつけ、
右手を逆手に矛を持って水牛の背に突き立てている。
この戦いに臨んだ
女神は十本の手に十の武器を手草んでいるのだが、
ここでは四本の手に武器を持たせている。
この姿こそ
古事記にいう
「小竹葉(ささば)を手草(たぐさ)に結ひて
天の石屋戸に汗気伏せて蹈み登杼呂許志」
の実像と考える。
『参考』
まんどぅーかネット
《Key Word》
まんどぅーかのサンスクリット・ページ
アウランガーバード
エローラ石窟群
ドゥルガー像
ドゥルガー(2)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:40頁
第一章 ドゥルガー (2)
艱難(druga)を冠されたこの女神は
バラモン教の最高神の一
シヴァ Siva 神の神妃で、
インドの神々が
一般にかなり多くの別称を持っているのにならい。
デーヴィ、サティ、ウマー、パールヴァティ、カーリー、ガウリ
とも呼ばれる。
それらの神名はそれぞれに特有の神話に彩られている。
ドゥルガー神に与えられた尊称は、
この女神の神話、崇拝の謂れを教えてくれる。
「マヒシャー・マルディニー Mahiśa-mardini 」はその尊称である。
mahiśa は水牛ないし牡牛を意味する魔物の名、
mardini は殺す者、英語の murderei で
「悪魔水牛を退治するもの」となる。
またの尊称 Mahiśâsura-sudini は
「水牛の魔神を圧しつぶすもの」の意である。
三叉の矛を逆手に取って水牛または牡牛に突き立てている
女神がドゥルガーの造形を捜し出すのは容易い。
なぜならば、
現在においても一般に親しみのあるモティーフであるからである。
ヒンズー教の神として印刷された図像は
インドの人々の日常生活に入り込んでいる。
各家庭の台所やレストランの調理場に張られているし、
名刺大のカードに印刷された女神は
人々の懐に入れられ持ち歩かれている。
食膳の神として豊穣の神として尊崇されているのである。
『参考』
まんどぅーかネット
《Key Word》
艱難
シヴァ
インド神話
パールヴァティー
カーリー
サティー
バラモン教
マヒシャー・マルディニー
2013年7月15日月曜日
ドゥルガー(1)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:39頁
第一章 ドゥルガー (1)
天鈿女命が神懸りして神に舞踊を奉納する
巫女であることは明らかである。
しかし、
三叉の矛を持って牛を伏す荒々しい姿はまだみえてこない。
「踊子像のある石柱」にそのヒントはある。
踊り子の足下に「蹲る獅子」が彫られていることで、
この踊り子は獅子の上に立つ巫女と考えられるのである。
そのような姿を持った物語伝承がインドにはあるのだろうか。
全く驚きであるが、怖ろしい虎(獅子)を乗物として支配し、
戦う神として
「(獅子に乗り)三叉の矛で水牛あるいは牡牛を刺し殺す女神」
がいるのである。
その女神の神名がドゥルガー Drugā である。
《Key Word》
三叉の矛
マトゥラー博物館
本生図と踊子像のある石柱
ドゥルガー
インドの踊子と天鈿女命(5)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:38頁
第一章 インドの踊子と天鈿女命 (5)
阿知女作法で伴奏として
和琴のみが奏されると紹介したが、
フラメンコの場合もギターのみが伴奏し、
歌と踊りから構成されている。
ダンサーは男女双方にいる。
katak も同様男女両方が舞うことが許されていた。
この舞踊は16世紀になって成立した
ムガール帝国の宮廷舞踊に取り入れられ、
形式化されたのである。
また katākali という伝統舞踊があり、
こちらは男性のみが舞い手になれた。
大きな冠をかむり、
スカート状の衣裳を着けて
日本の歌舞伎のような劇中で舞われた。
男性が女性の姿となって演舞した。
インドの伝統舞踊のうち最も古いと
考えているのが Bharata-nātga で、
バラータは
日本を「やまと」と呼ぶのと同じインドの古名、
ナークは舞踊を意味するが、
使われ始めたのは比較的新しく西暦4、5世紀らしい。
しかし、
この舞踊は巫女が寺院で神に奉納した舞踊に起源があるといわれ、
インダス文明にまで遡及すると解説されている。
「本生図と踊子像のある石柱」に造形された女神は
「豊穣吉祥」を祈願する舞姿であり、
天鈿女命の舞姿であると理解できる。
巫女たちは少女のうちに、
つまり月経が始まらないうちに寺院に献げられ
激しい特別の訓練を受けるという。
本生図と踊子像のある石柱
《Key Word》
和琴
ムガール帝国
歌舞伎
インダス文明
本生図と踊子像のある石柱
豊穣吉祥
2013年7月14日日曜日
インドの踊子と天鈿女命(4)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:37頁
第一章 インドの踊子と天鈿女命 (4)
次に、
「蹈み登杼呂許志」
「足を踏みならし」
である。
足を踏み鳴らして踊るダンスの代表に
スペインのフラメンコがある。
この舞踊はスペイン固有の伝統芸能ではない。
伝承によるとインドから流れ流れやって来た
流浪の民によって始められたという。
あの激しい足踏みとリズムは見聞する者を次第に陶酔させ
恍惚した気分に吸い込んでいく。
踊り手は次第にいわゆる「神懸り」し
聴衆をその境地に曳き込んでいくのである。
インドの伝統舞踊の中に katak がある。
かっては吟遊詩人が演じていた舞踊である。
日本でも靴音を「カタカタ」と表現するが、
インドでも katakata という。
Katak はこの足踏みから取られた名称らしい。
現在インドの宗教はヒンドゥー教が大勢であるが、
その hindu の語幹 hind には遍歴、
つまりさまよい行くの意味があり、
吟遊詩人が各地を道遙しながら
神譯を歌い上げ神々を賛美したのである。
そのような吟遊詩人たちによって
演舞された katak は宗教的雰囲気の強いもので
「神懸り」的ダンスと理解できる。
本生図と踊子像のある石柱
《Key Word》
フラメンコ
伝統芸能
流浪の民
神懸り
インドの伝統舞踊
吟遊詩人
インドの宗教
ヒンドゥー教
吟遊詩人
2013年7月13日土曜日
インドの踊子と天鈿女命(3)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:36頁
第一章 インドの踊子と天鈿女命 (3)
日本語のうちにも「顕」を意味する「垂」の用法例はある。
「みたらしだんご」がそれで、その実状をよく教えてくれる。
透明の掛け汁によって内の身団子が見えるように調えられている。
これがあんこや海苔で巻かれたものは「みたらし」ではない。
ごまだれ、醤油だれ、蒲焼のたれなど透明性があって
中身の姿形を隠さない調味料をいう。
最近家庭の食卓に乗るようになった
ドレッシング dressing は英語名のたれである。
これは dress 古語で drest に由来する。
最近は服を着る、着飾る、正装するなどの意味で使われているが、
本来は観せる、顕わすにある。
dress は観せるための衣裳を着ることで、
肉体を透かせても隠さず露わに観せる衣裳をいう。
dressing-table は鏡台、
単なる dressing は鏡つきタンスをいう。
ドイツ語では tracht (衣裳、流行)、
動詞 trachen は試みる、志す、見出そうとするである。
「垂」はインド・ヨーロッパ語圏の用語である。
石柱の踊り子も腰から二股にかけて薄手の衣裳紋様が刻まれ、
後にも下っているので透けた衣裳を着けていたとも考えられる。
股の交叉はこの女神が踊っているいることを示す。
サンスクリット語で舞踊のことを thandava という。
ドイツ語でtanz 、英語で dance であるが
タンダ(田手)は古代日本へも入った。
本生図と踊子像のある石柱
《Key Word》
みたらしだんご」
団子
あんこ
海苔
ごまだれ
醤油だれ
蒲焼のたれ
ドレッシング
衣裳紋様
インドの踊子と天鈿女命(2)
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:35頁
第一章 インドの踊子と天鈿女命 (2)
正に踊り手である天鈿女命を髣髴させる。
「胸乳を掛き出で、裳緒を番登(ほと)に忍し垂れき」
と表現されてる舞衣裳そのままである。
裳緒は衣裳のひもで、
これを持って番登を隠したり見せたりしたというのである。
「垂れき」は単に下げたという意味ではない。
本地垂迹説と使われているように「垂」は顕現、顕れるの意である。
また福岡県久留米市御井町の高良玉垂命神社の祭神名に入っている。
祭神高良玉垂命については諸説あるが、
鏡を神格化したものといえる。
サンスクリット語の鏡を意味する atam-darsu は、
自己を見る、我見 ātam-darsin から派生した用語で、
drsa は眺め、 darsiká は顕(うつし)、
drsi は観ること、視、試みること、
その動詞は drs は見る、発見するの字義である。
本生図と踊子像のある石柱
《Key Word》
裳緒
番登
本地垂迹説
高良玉垂命神社
高良玉垂命
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