2013年1月17日木曜日

中国でニッポンと発音できない「日本」



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:18頁

 《中国でニッポンと発音できない「日本」
 「中国でニッポンと発音できない「日本」

 ニップルが日本の語源だったことは先にもお話ししたが、
 
 その主神は大地の神・エンヒルである。

 我が国の神名にもヒルコとヒルメがあるが、

 南九州語は

 ヒルコをとヒーコ、

 ヒルメをとヒーメというから、

 これが日子=男性と姫=女性で、

 コとメは名とは別の性語尾をつけたもので、

 実質の部分は「ヒル」=神である。

 これと全く同じ発音のヒルのつくエンヒルは、

 我が国の神と同系の神だと判る。

 するとヒルは神だから、エンが「大地」を意味するとわかる。

 これで在来、不明のままだった

 蛭子・彦・日霊女・姫の謎も解けたのである。

 大地は国土そのものだから、

 それを常に守り、

 永遠に立てて行く神と受け取ると、

 『日本書紀』が初発の神とする国常立神と同じになる。

 この神が「日本国」の神で、

 ニッブルという国名がニッポンという国名と非常に近く、

 しかも「日」を「ニッ」に近く発音するのは、

 中国でもただ一か所、

 広東省北東部の小県・梅県に住む客家(ハッカ)の人たちだけであり、

 その人口は1~2万人に過ぎないし、

 その発音もnitt'eu・ニッテウで、

 日本の字は、とてもニッポンという発音にはならない。

 これは「日本」という漢字名が先にあって、」

 ニッポンという発音が生まれたのではなく、

 唐人にはニップヌ(ルはヌになる)と聞こえた国名が先にあって、

 唐人がそれに

 「日本」と漢字を当て字したのだと教えているのである。

 《パーリ語辞典
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2013年1月16日水曜日

「スサ(スーサ)文明」系の国名と神々の名



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:17頁

 《「スサ(スーサ)文明」系の国名と神々の名
 「「スサ(スーサ)文明」系の国名と神々の名

 それを手短かに立証して、納得させてくれるものがある。

 ご覧に入れよう。

 それは来航の時、同行した可能性のある人々の所属したであろう、

 スサ(スーサ)文明の子孫たちの、

 「国名と神々の名」である。

 そんなものが何の役に立っか、と軽視せずに見て頂きたい。

 神名は都市国家の主神(氏神)である。

 同時に我が国と同じく群小の神々が祭られていたが、

 それは省略する。

 国名          神名                  神格

 ニップル Nippur    エンヒル Enhil    大地の神

 エリヅ  Eridu     エンキ  Enki     水の神     

 エレチ  Erech     アヌ   Anu     天空の神

 ラルサ  krsa     ウツ   Utu     太陽神

 ウル   Ur      ナンナル Nannar    新月の神    

 ウムマ  Umma     ニダバ  Nidaba    穀物の神

 ハラン  Harran    シン   Sin     月の神

 バビロン Bavylon    マルヅク  Marduk    日の出の神

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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2013年1月15日火曜日

巨大規模だったスサ(スーサ)の王の来航



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:16頁

 《巨大規模だったスサ(スーサ)の王の来航
 「巨大規模だったスサ(スーサ)の王の来航

 これほど我が国の古代文化に、

 大きく影響したスサとは、どんな国だったのか?。

 イラン西部を潤すケルカ河に沿って生まれたこの国は、

 地下60mに遺物層をもつので、

 現在から七千年前には人が住み、

 ウバイド遺跡の古層が発見された湾岸戦争直前までは、

 世界最古の文明発祥の地だとされていた。

 事実、その先進文化は西に広がってチグリス河を越え、

 都市国家群を次々に生み出しながらバビロンの大文明を作った。

 我が国へ来たスサの王は、

 決して大国に追われて逃げてきた小国の難民王ではなかったのである。

 それは、紛争を恐れたのではなく、むしろ動乱の時代を予測して、

 積極的に新天地に理想世界を築こうと、

 人類始まって以来、誰も実行したことのない、

 国家単位の巨大規模大遷都を決行したのである。

 レバノン杉の移植も、

 数名の王族が種を袋にいれて山に登り、

 木切れで穴を掘って植えてまわったのではなく、

 大規模な作戦計画に基づいて大船に杉の木を積んできて、

 大勢の家臣たちが担いで登り、

 技術的な植樹が行われたからこそ、

 三千年を越えても繁栄を続ける植林事業が確実に根付いたのである。

 それは彼等の都市国家革命が波及して出来たエジプト文明が、

 あの巨大なピラミッド群を残していることで、すぐ推定できる問題でしかない。

 また同行した人々も、スサ人だけではなく、バベルに至る各国民がいたのである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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2013年1月14日月曜日

スサ(スーサ)が生んだ「祖先」という新語



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:15頁

 《スサが生んだ「祖先」という新語
 「スサが生んだ「祖先」という新語

 次にもう一つ、一見、単なる偶然や駄洒落に見えて、

 しかも決して、そうではない名詞による「史実の確認方法」を、

 付け加えてお話し申し上げておこう。

 「スサ」は古代ペルシャ語だから

 沖縄語と同じくoとeの母音がないので、uやaなどを用いている。

 ところが鹿児島へ行くと、これをoとeの母音に変えて発音するので、

 無関心な人には、

 その関連が解らず、別の言葉として見過ごし、何の役にも立たないが、

 私たちの言語復原史学にとっては、

 それは、

 エジプト古代史学のヒエログリフにも匹敵する「超貴重文化財」なのであって、

 それは犯罪捜査における「指紋」や「DNA」に匹敵する

 「決定的証拠」なのだということを、

 この機会によくご納得いただきたい。


 古代ペルシャ語 「su sa」  名詞  (沖縄語も同じ)

 鹿児島語    「so se」  名詞 + 助詞「n」 =「sosen]

          ソ セ           ン

          ソ セ + ン    祖先   本土発音化

 祖先というのは、中国語が入って来たものだと、漠然と思い込んでいたが、

 中国で祖先という語が使われたのは後世で、

 我が国から中国へ行って活躍した時代より後のものである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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2013年1月13日日曜日

『天狗』が立証する古代文化の高さ



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:14頁

 《『天狗』が立証する古代文化の高さ
 「『天狗』が立証する古代文化の高さ

 それに当て字した「田宮」が、

 どんなに古い姓であるかも、

 ここでよく肝に銘じておいて頂きたいが、

 この当て字が、

 またこの研究にとって非常に重要なキーになった

 「天狗」という名を産み出した事実を見落としてはならない。

 田はデンで、宮はクという読み方もある。

 また我が国には、

 百人一首のような清音流行時代があり、

 その逆に何でも彼でも濁るのが良いとする人々も実在したので、

 デンクをテンク、テングと発音した人々がいたのである。

 「狗」も、その「ク」への当て字の一つで、

 本来は稲作をする犬人を意味したが、

 田を天に変えることで、

 沖縄の天と、

 屋久島の狗奴国と、

 大隅隼人の犬とが合成されて、

 実に見事な部族表現になった。

 それはもちろん出身地も表現しているので、

 彼らが瑞穂田宮(メソポタミヤ)からきた人達だと認識して命名したのである。

 はるかな古代に、

 こんな洒落た名前を作り出す、

 高度の文化人たちが私たちの祖先だったことを、

 これは見事に記録している。

 猿田彦・天狗・兜布の問題は、

 これでまた一つ、出身地と文化の動かぬ証言を加えたが、

 そこは彼等の容貌や風俗、信仰や装具に至るまで、

 どこから来たかを余さず教えており、

 私たちがあらゆる角度から批判検討しても、

 それが全て史実に合致する、

 正確な記録だと確信させられる。

 田宮と天狗の閑係は、

 決して単なる偶然や駄洒落ではなかったのである。

 《パーリ語辞典
 「パーリ語辞典

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2013年1月12日土曜日

「手炙り」ではなかった超重要土器



 『Yahoo!天気・災害』 

 ※出典:加治木義博言語復原史学会

 大学院講義録 38 20頁



 「図」「手炙り」ではなかった超重要土器
 《「手炙り」ではなかった超重要土器
 「「手炙り」ではなかった超重要土器

 この比較写真でお判りの通り、

 「手焙り形土器」大阪府船橋遺跡・

 「フィリピンの手焙り形土器

 我が国の考古学で「手炙り型土器」と呼ばれている土器群は、

 金属を高温で溶炉して細工するための、高度の文明器具で、

 現代の溶鉱炉であり、

 単に寒いからと暖をとる小型の火鉢なんかではない。

 かりに火鉢だったとすれば、それは万人の必要品で、

 少なくとも一家に一つは出土しなければならないが、

 出土数は少なく、それが特殊な用途をもつことを語っている。

 それなのに「手炙り型土器」と呼ぶのは、
 
 その学問の程度を低く見せると思うが、いかがであろうか?。

 (私(加治木義博)著『日本人のルーツ』保育社カラーブックス)

 「インドの金属技術者」

 手焙り形土器の中の木炭を長い吹管で吹いて高熱し、

 金属を溶かして細工する。

 吹管は日本の火吹きと同じ性質の文化で、

 紀元前25世紀のエジプト第5王朝時代の壁面彫刻には、

 すでに似たものが見られる。

 『大学院講義録40』

 1 大和説を生んだ『連続読み』の欠陥
 《大和説を生んだ『連続読み』の欠陥
 「大和説を生んだ『連続読み』の欠陥

 2 伊都からは「放射状読み」以外にない
 《伊都からは「放射状読み」以外にない
 「伊都からは「放射状読み」以外にない

 3 理由充満の水行十日、陸行一月コース
 《理由充満の水行十日、陸行一月コース
 「理由充満の水行十日、陸行一月コース

 4 「至○○国○里」は「○○国まで○里」
 《「至○○国○里」は「○○国まで○里」
 「「至○○国○里」は「○○国まで○里」

 5 伊都から水行10日=千五百余里で八代
 《伊都から水行10日=千五百余里で八代
 「伊都から水行10日=千五百余里で八代

 6 八代以南が女王国。邪馬臺国はその首都の名
 《八代以南が女王国。邪馬臺国はその首都の名
 「八代以南が女王国。邪馬臺国はその首都の名

 7 大和説誤信の元凶『箸墓』と張政の知識
 《大和説誤信の元凶『箸墓』と張政の知識
 「大和説誤信の元凶『箸墓』と張政の知識

 8 箸墓で大和説完敗、再燃は絶対にない
 《箸墓で大和説完敗、再燃は絶対にない
 「箸墓で大和説完敗、再燃は絶対にない

 9 箸墓の名の究極の意味と埴輪
 《箸墓の名の究極の意味と埴輪
 「箸墓の名の究極の意味と埴輪

 10 都は卑弥呼の2都と壹與の邪馬壹との3都
 《都は卑弥呼の2都と壹與の邪馬壹との3都
 「都は卑弥呼の2都と壹與の邪馬壹との3都

 11 大和説を徹底否認する遷都記事と遺跡
 《大和説を徹底否認する遷都記事と遺跡
 「大和説を徹底否認する遷都記事と遺跡

 12 現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産
 《現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産
 「現存する邪馬壹の名と遺跡と文化遺産

 13 天照岩戸隠れを史実と立証した『壹国』
 《天照岩戸隠れを史実と立証した『壹国』
 「天照岩戸隠れを史実と立証した『壹国』

 14 東西に残る巨大な象徴遺跡
 《東西に残る巨大な象徴遺跡
 「東西に残る巨大な象徴遺跡

 15 すべての宗教はウバイドに遡る
 《すべての宗教はウバイドに遡る
 「すべての宗教はウバイドに遡る

 16 万世一系の真意と神名の謎解き
 《万世一系の真意と神名の謎解き
 「万世一系の真意と神名の謎解き

 17 中国統一の礎を築いたのも我が国の同祖
 《中国統一の礎を築いたのも我が国の同祖
 「中国統一の礎を築いたのも我が国の同祖

 18 令亀・灼骨ともにスメル文化の分布
 《令亀・灼骨ともにスメル文化の分布
 「令亀・灼骨ともにスメル文化の分布

 19 少ない奈良の「旁国」地名リスト
 《少ない奈良の「旁国」地名リスト
 「少ない奈良の「旁国」地名リスト

 20 南九州に集中する「旁国」地名リスト
 《南九州に集中する「旁国」地名リスト
 「南九州に集中する「旁国」地名リスト

 21 不弥と不呼はワンセットで政変を立証
 《不弥と不呼はワンセットで政変を立証
 「不弥と不呼はワンセットで政変を立証

 22 伊都国官名が説明、立証する大量の史実
 《伊都国官名が説明、立証する大量の史実
 「伊都国官名が説明、立証する大量の史実

 23 伊都の長官「爾支」の真意は?
 《伊都の長官「爾支」の真意は?
 「伊都の長官「爾支」の真意は?

 24 官名の「ヒ」はウバイドの太陽崇拝から
 《官名の「ヒ」はウバイドの太陽崇拝から
 「官名の「ヒ」はウバイドの太陽崇拝から

 25 ウバイドから生れた国名が語る遷都史
 《ウバイドから生れた国名が語る遷都史
 「ウバイドから生れた国名が語る遷都史

 26 『女王の所都=邪馬壹国』は隼人町一帯
 《『女王の所都=邪馬壹国』は隼人町一帯
 「『女王の所都=邪馬壹国』は隼人町一帯

 27 邪馬壹政権誕生とその位置の記録
 《邪馬壹政権誕生とその位置の記録
 「邪馬壹政権誕生とその位置の記録

 28 我が国の真の建国はいつ?だったか?
 《我が国の真の建国はいつ?だったか?
 「我が国の真の建国はいつ?だったか?

 《古代オリエント
 「古代オリエント

 《古代メソポタミア
 「古代メソポタミア

 《シュメール・シュメル
 「シュメール・シュメル

 《ウバイド
 「ウバイド

 《倭人(ウワイト)
 「倭人(ウワイト)

 《魏書倭人章
 「魏書倭人章

 《日本書紀・古事記
 「日本書紀・古事記

 《三国史記・三国遺事
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宮・田宮・岸・家はメソポタミヤ生まれ



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 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録37:13頁

 《宮・田宮・岸・家はメソポタミヤ生まれ
 「宮・田宮・岸・家はメソポタミヤ生まれ

 メソボタミヤはギリシャ語名だから、

 残るタミヤの語尾のヤは、

 ギリシャ、イオニヤ、シリヤやイタリヤといった国々の名の語尾と同じもので、

 「ia」だと簡単に解る。

 このiaは、国、地域、住民を意味しているから、

 日本語の「足・家」の語源でもある。

 古代ギリシャ語が日本語化した中でも、

 最もよく普及したポピュラーな単語である。

 このタミヤという語尾をみると、

 宮もまた家屋だから、

 やはりこのギリシャ語の子孫だと解る。

 この場合のミは、それが敬意の対象になっているから、「御・ミ」で。

 御屋を意味する後世の造語だとわかる。

 皇室関係の尊称に使われているのは、

 御+ia=御国で、各宮家の所領を指していたのである。

 しかしいずれにしても

 我が国にメソポタミヤを知る人たちとギリシャ語を話す人達が、

 入ってきてから生まれた名詞であることは決定的である。

 ミヤの前に使われているタは、

 助詞の津だとみると「○○津宮」になるが、

 タミ+iaとみると民の国で、中華民国の民国になる。

 また田宮は比較的多い姓である。

 2大河に挟まれた地域は沼地が多く、田の原形がそこにあった。

 田宮は水田農業の発祥の聖地の宮でもある。

 すでにご存じの通り、

 こうした名詞は自称ではなく、他人が付けた呼び名であるが、
 便利なので自称にも使われる。

 タミヤも様々な意味を加えながら我が国まで来たのである。


 《パーリ語辞典
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