『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:10頁
それが『旧約聖書』に出てくるから
ユダヤ人の証拠だなどと錯覚している者がいるので、
ことさらここでお話しする必要があるのである。
ただ最も重要なことなので、
先にお話ししておくのは「姓」についてである。
私たちは今は当然のこととして、
姓と名をもっているが、ウバイドの習慣では姓はなかった。
それは全員一家で兄弟姉妹だという考えが基本だったからで、
名前だけだったのである。
だからアブラハム、イエス、ダビデ、ソロモンなどという名だけである。
ところが人口が殖えて同じ名の人を区別する必要が生まれたので、
最初は地名で区別して、ウルの誰々と呼んだ。
これが後に我が国で、名乗りが地名で構成される基になったのである。
またこれが、天皇が姓をもたないことの真相でもある。
だから地名を姓として、付けて呼ぶなら、
国名は倭人、倭国、日本と変遷しているが、
本質はウバイド=倭人で、少しも変わっていないから、
混乱を避けて真実を表記するなら
「ウバイドの○ヒト(○仁)」ということになる。
同様に、アダムとイブも
「エデンのアダム。エデン・イブ」なのである。
そこで、これに漢字で当て字をしてみると、
面白い現象が見られる。
エデン=江田。
アダム=阿檀(アダン)。
イブ=指(指宿・イブスキ)。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2009年11月5日木曜日
2009年11月4日水曜日
ウバイド人もユダヤ人も同じ地域出身
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:9頁
しかし、この秦氏の件を除けば、
古代にユダヤ人が我が国に移住した証拠は少なくない。
彼等は『旧約聖書』が書くとおり、幾度も国が滅び、
そのたびに流浪の民になって新たな生活国を求めて放浪し、
あちらこちらに住み着いてそこの国民になっていった。
もちろん混血して純粋ではないが、遺伝の法則どおりに、
特色のある容貌や体形をもった人が生まれる。
そのなかで目立っのは、容貌が西欧型で小柄な人が多いこと、
手が際立って小さい人が出ること、
姓や居住地名に特徴があることなどだが、
姓については未だに偏見差別がやめられない人々がいるので、
人権侵害になるから、これ以上はお話しできない。
ただ、間違ってはいけないのは、
ウバイド人もユダヤ人も、全く同じ地域の出身である。
もとの言葉は同じだし、
ノアの箱船の大洪水伝承のようなものも共有している。
このことが知られていなかったから、
これまでは間違って差別されてきた方々も多かった。
しかしウバイドが我が国の出発点であることが確認された今は、
むしろ積極的に誤解を指摘して史実を
世界の常識にする必要があることは言うまでもない。
その一つとして
意味する姓があることをお話しする必要がある。
この地名はウバイド女帝国のなかでも、
最も恵まれた地域=首都圏を意味していた。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
しかし、この秦氏の件を除けば、
古代にユダヤ人が我が国に移住した証拠は少なくない。
彼等は『旧約聖書』が書くとおり、幾度も国が滅び、
そのたびに流浪の民になって新たな生活国を求めて放浪し、
あちらこちらに住み着いてそこの国民になっていった。
もちろん混血して純粋ではないが、遺伝の法則どおりに、
特色のある容貌や体形をもった人が生まれる。
そのなかで目立っのは、容貌が西欧型で小柄な人が多いこと、
手が際立って小さい人が出ること、
姓や居住地名に特徴があることなどだが、
姓については未だに偏見差別がやめられない人々がいるので、
人権侵害になるから、これ以上はお話しできない。
ただ、間違ってはいけないのは、
ウバイド人もユダヤ人も、全く同じ地域の出身である。
もとの言葉は同じだし、
ノアの箱船の大洪水伝承のようなものも共有している。
このことが知られていなかったから、
これまでは間違って差別されてきた方々も多かった。
しかしウバイドが我が国の出発点であることが確認された今は、
むしろ積極的に誤解を指摘して史実を
世界の常識にする必要があることは言うまでもない。
その一つとして
意味する姓があることをお話しする必要がある。
この地名はウバイド女帝国のなかでも、
最も恵まれた地域=首都圏を意味していた。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
2009年11月3日火曜日
伊佐良井は祖先の名のイスラエルではない
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:8頁
この井戸は『源氏物語』にも
「いさらゐは はやくのことも 忘れじを 元のあるじや 面 変はりける」
と記されていると、証拠の一つにしているが、
この「はやくのこと」は祖先がイスラエルだという意味になるだろうか?。
この歌の主意は
「元の主が、私を見る目付きも、表情も以前とは変わってしまった」
という嘆きにあるから、
伊佐良井の井戸を強調した意図は、
それと対応して、
変わらないものの良さ、
美しさを痛感させて、
変わってしまったものを非難することにある。
「はやくのこと」は「遅くなって」の反対で、
早期のこと。
流れる水の早期は水源のことだから、
「伊佐良丼の井戸の水は、
水源で美しい石に洗われて美しくなり、
井戸まで流れてきても変わらず美しいが、
その人は何もかも汚なく変わってしまった」
という嘆きの歌であって、
これをイスラエルにしたのでは、
紫式部はキリスト教に詳しく、
元の主=主キリスト?が
どう面変りしたというのか?、
支離滅裂で何のことか分からなくなる。
無茶なコジツケだ。
それに秦氏はなぜ?
そんな謎めいた当て字を使う必要があったのか?
も考えられない。
河勝でも酒でも本名を堂々と書いているのだ。
それ以上に尊敬する先祖の名を伊佐良井などと、
タカが井戸の名にしてしまうような人達では絶対にない。
博士の妄想に過ぎない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
この井戸は『源氏物語』にも
「いさらゐは はやくのことも 忘れじを 元のあるじや 面 変はりける」
と記されていると、証拠の一つにしているが、
この「はやくのこと」は祖先がイスラエルだという意味になるだろうか?。
この歌の主意は
「元の主が、私を見る目付きも、表情も以前とは変わってしまった」
という嘆きにあるから、
伊佐良井の井戸を強調した意図は、
それと対応して、
変わらないものの良さ、
美しさを痛感させて、
変わってしまったものを非難することにある。
「はやくのこと」は「遅くなって」の反対で、
早期のこと。
流れる水の早期は水源のことだから、
「伊佐良丼の井戸の水は、
水源で美しい石に洗われて美しくなり、
井戸まで流れてきても変わらず美しいが、
その人は何もかも汚なく変わってしまった」
という嘆きの歌であって、
これをイスラエルにしたのでは、
紫式部はキリスト教に詳しく、
元の主=主キリスト?が
どう面変りしたというのか?、
支離滅裂で何のことか分からなくなる。
無茶なコジツケだ。
それに秦氏はなぜ?
そんな謎めいた当て字を使う必要があったのか?
も考えられない。
河勝でも酒でも本名を堂々と書いているのだ。
それ以上に尊敬する先祖の名を伊佐良井などと、
タカが井戸の名にしてしまうような人達では絶対にない。
博士の妄想に過ぎない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
2009年11月2日月曜日
秦と景教徒は時代措誤、伊佐良井は石洗い
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:7頁
しかし、雄略天皇が倭の五王の一人「武」だったことを、
ご確認ずみの皆様には、ここまでお読み頂くと、
雄略天皇十五年にウツマサという号をもらった秦の公・酒の一族は、
『宋書』の倭王・武の記事で、
460年ごろに我が国に実在していた人達だと解っているので、
2百年近くも後世の635年に、
やっと唐へ辿り着いた大秦景教徒たちとは、
全然無関係だとお解りになる。
また秦の一族はその後の消息が大量に詳しく記録残っている。
それは大半が文筆関係だからである。
これは漢字、漢文を使い慣れた中国人だった証拠で、
中でも目立つのは仏教の経師で、
東大寺建築関係の役職にもついている。
教義が異なると同族でも大量虐殺したと
『旧約聖書』に書き、
戦い追放するキリスト教徒では絶対にない。
それなのに
「秦の河勝をまっる広隆寺には
イスラエルの井戸と呼ばれるものが存在している」という。
正式名称は伊佐良井だが、
佐伯博士は景教経典のなかに
「一賜楽業」の文字を発見、
これはイサラエと読めるからイスラエルのことだというのである。
けれども秦氏はキリスト教徒でもイスラエル人でもないのだから、
それは日本語で読む方が自然である。
それは、
水の良さを表現する「石洗い」の井戸というのが、
ごく自然な名前である。
石をイサと発音し伊佐と書くのは、
イサナキの命の例で確認ずみの記名習慣だ。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
しかし、雄略天皇が倭の五王の一人「武」だったことを、
ご確認ずみの皆様には、ここまでお読み頂くと、
雄略天皇十五年にウツマサという号をもらった秦の公・酒の一族は、
『宋書』の倭王・武の記事で、
460年ごろに我が国に実在していた人達だと解っているので、
2百年近くも後世の635年に、
やっと唐へ辿り着いた大秦景教徒たちとは、
全然無関係だとお解りになる。
また秦の一族はその後の消息が大量に詳しく記録残っている。
それは大半が文筆関係だからである。
これは漢字、漢文を使い慣れた中国人だった証拠で、
中でも目立つのは仏教の経師で、
東大寺建築関係の役職にもついている。
教義が異なると同族でも大量虐殺したと
『旧約聖書』に書き、
戦い追放するキリスト教徒では絶対にない。
それなのに
「秦の河勝をまっる広隆寺には
イスラエルの井戸と呼ばれるものが存在している」という。
正式名称は伊佐良井だが、
佐伯博士は景教経典のなかに
「一賜楽業」の文字を発見、
これはイサラエと読めるからイスラエルのことだというのである。
けれども秦氏はキリスト教徒でもイスラエル人でもないのだから、
それは日本語で読む方が自然である。
それは、
水の良さを表現する「石洗い」の井戸というのが、
ごく自然な名前である。
石をイサと発音し伊佐と書くのは、
イサナキの命の例で確認ずみの記名習慣だ。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
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「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
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2009年11月1日日曜日
「秦(はた)氏景教徒説」と唐代中国での景教布教
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:6頁
そんなものを言語を用いて古代史の謎を解くからと称して、
私たちの言語復原史学同様の学問だと宣伝されたのでは、
迷惑も甚だしい。
無知な人は区別がつかずに、
言語復原と聞いただけで軽視する人が増えるからである。
ここに取り上げてお話しした例は、誰でも明瞭に黒白が判るので、
機会があればご活用を賜わりたいと思って、ご覧いただいた。
しかし、そんなことに気付かない著者は、
「秦氏景教徒説」の先輩、
東京文理科大学の佐伯芳郎教授の説を
引用して自説を主張するので、それを見ていって頂きたい。
景教とは初期キリスト教のネストリウス派を指す中国名である。
431年と451年に行なわれた2度の教義会議の論争で、
「父と子と聖霊は三位一体の神だ」と
主張する主流のアタナシウス派に、
「いや、イエスは神であり、人である」と対立して、
負けて追放された宗派である。
シリヤに逃れ、イランに移り、
シルクロードを通って
インド・中国まで布教した記録が残っている。
中国には「大秦景教流行中国稗」という遺物があり、
唐代の635年に景教が伝来し、
3年後には教会堂が建てられたと書かれている。
この大秦は当時の中国でのローマの呼び名だから、
秦氏が大秦でもローマ人しか意味しない。
景教なら景はキーでキリストのキリであるが、
秦氏一族は景教を示す何物ももってはいない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
そんなものを言語を用いて古代史の謎を解くからと称して、
私たちの言語復原史学同様の学問だと宣伝されたのでは、
迷惑も甚だしい。
無知な人は区別がつかずに、
言語復原と聞いただけで軽視する人が増えるからである。
ここに取り上げてお話しした例は、誰でも明瞭に黒白が判るので、
機会があればご活用を賜わりたいと思って、ご覧いただいた。
しかし、そんなことに気付かない著者は、
「秦氏景教徒説」の先輩、
東京文理科大学の佐伯芳郎教授の説を
引用して自説を主張するので、それを見ていって頂きたい。
景教とは初期キリスト教のネストリウス派を指す中国名である。
431年と451年に行なわれた2度の教義会議の論争で、
「父と子と聖霊は三位一体の神だ」と
主張する主流のアタナシウス派に、
「いや、イエスは神であり、人である」と対立して、
負けて追放された宗派である。
シリヤに逃れ、イランに移り、
シルクロードを通って
インド・中国まで布教した記録が残っている。
中国には「大秦景教流行中国稗」という遺物があり、
唐代の635年に景教が伝来し、
3年後には教会堂が建てられたと書かれている。
この大秦は当時の中国でのローマの呼び名だから、
秦氏が大秦でもローマ人しか意味しない。
景教なら景はキーでキリストのキリであるが、
秦氏一族は景教を示す何物ももってはいない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
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2009年10月31日土曜日
ウヅマサは秦(はた)とは無関係な形容詞「号」
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:5頁
『新撰姓氏録』の
「左京諸藩・太(うづ)秦の公宿弥」の条と、
「右京諸藩・秦の忌寸」の条と、
「山城諸藩・秦の忌寸」の条などに、こう書いてある。
「秦の公・酒は功満王の三世孫
(または弓月の君の孫・普洞王=浦東君の男=子息)だ。
雄略天皇の御代、普洞王のとき秦民が劫略に遇い、
今はその十分の一も現存しない状態なので、
秦の公・酒は天皇に、
実状を点検して召し集めて戴きたいと請うた。
天皇は聴き入れて、
小子部(チイサコベ)の雷(イカツチ)に、
大隅阿多隼人らを率いて捜査し、
集めさせた結果、秦氏の九十二部、
一万八千六百七十人を回収して、酒に賜わった。
酒はその人々に養蚕をさせ絹織物を織らせて、
朝廷に運び、
丘のようにうづ高く積み上げたので、
天皇はことのほか酒を御寵愛になり、
禹都万佐(ウツマサ)という号を賜わった。
そのため酒は一層秦の民たちを督励して、
長谷朝倉の宮の皇居のそばに八丈蔵を増築し貢ぎ物を納めた。
これが大蔵の初めで、酒が初代の大蔵大臣を勤めたのである」
と複数の記録が残っている。
だからウズマサは大秦や太秦という名詞とも、
文字とも何の関係もない全く別の形容詞に過ぎない。
それを『日本書紀』の記事すら知らずにいて、
古代ローマの中国名である大秦に結び付けるのは、
誰が考えても許されることではない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
『新撰姓氏録』の
「左京諸藩・太(うづ)秦の公宿弥」の条と、
「右京諸藩・秦の忌寸」の条と、
「山城諸藩・秦の忌寸」の条などに、こう書いてある。
「秦の公・酒は功満王の三世孫
(または弓月の君の孫・普洞王=浦東君の男=子息)だ。
雄略天皇の御代、普洞王のとき秦民が劫略に遇い、
今はその十分の一も現存しない状態なので、
秦の公・酒は天皇に、
実状を点検して召し集めて戴きたいと請うた。
天皇は聴き入れて、
小子部(チイサコベ)の雷(イカツチ)に、
大隅阿多隼人らを率いて捜査し、
集めさせた結果、秦氏の九十二部、
一万八千六百七十人を回収して、酒に賜わった。
酒はその人々に養蚕をさせ絹織物を織らせて、
朝廷に運び、
丘のようにうづ高く積み上げたので、
天皇はことのほか酒を御寵愛になり、
禹都万佐(ウツマサ)という号を賜わった。
そのため酒は一層秦の民たちを督励して、
長谷朝倉の宮の皇居のそばに八丈蔵を増築し貢ぎ物を納めた。
これが大蔵の初めで、酒が初代の大蔵大臣を勤めたのである」
と複数の記録が残っている。
だからウズマサは大秦や太秦という名詞とも、
文字とも何の関係もない全く別の形容詞に過ぎない。
それを『日本書紀』の記事すら知らずにいて、
古代ローマの中国名である大秦に結び付けるのは、
誰が考えても許されることではない。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
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2009年10月30日金曜日
ウズマサの意味まで説明してある『書紀』
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:4頁
『日本書紀』
「雄略天皇十五年」秦の民が分散。
臣・連らは各々勝手に駆使し、
秦の造(みやつこ)に委せなかった。
秦の造・酒は、それを甚だ憂えつつも、
天皇に仕えていたので、
天皇はそれを褒めて、
秦の民を集めて酒の公に賜わった。
酒の公は百八十部族の
長・勝(マサ=優れたものという意味)たちを率いて、
庸調(貢ぎ物)の絹織物を高く積み上げるほど献納した。
それを愛でて天皇は
『禹豆麻佐・ウヅマサ』という姓(かばね)を賜わった。
あるいは禹豆母利麻佐・ウヅモリマサともいうのは、
「うづ高く」、「埋まる程に盛り上げた」
という形容詞プラス「勝」である」と書いてある。
ご覧の通りウズマサとはどういう意味かという
説明が、疾(と)っくに詳しく書いてある。
補足すれば、
ウズマサとは酒がどんなに富裕(太く)で忠義な勝かを
強調した形容代名詞=渾(あだ)名なのである。
だがこの話は、
『姓氏録』はさらに詳しく記録されているから、
今さら、語源などを探すような対象ではない。
そこには『書紀』が引用した元の記事がある。
これは『書紀』の編集者が、
どんなふうに資料を粉飾したり、
省略したりしたかを具体的に教えてくれ、
また斬定的に立証で書る史実が記録されているので。
本学にとっては高度の教科になる。
次に訳して引用するので、
細部によく注意しながらお読み頂きたい。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
『日本書紀』
「雄略天皇十五年」秦の民が分散。
臣・連らは各々勝手に駆使し、
秦の造(みやつこ)に委せなかった。
秦の造・酒は、それを甚だ憂えつつも、
天皇に仕えていたので、
天皇はそれを褒めて、
秦の民を集めて酒の公に賜わった。
酒の公は百八十部族の
長・勝(マサ=優れたものという意味)たちを率いて、
庸調(貢ぎ物)の絹織物を高く積み上げるほど献納した。
それを愛でて天皇は
『禹豆麻佐・ウヅマサ』という姓(かばね)を賜わった。
あるいは禹豆母利麻佐・ウヅモリマサともいうのは、
「うづ高く」、「埋まる程に盛り上げた」
という形容詞プラス「勝」である」と書いてある。
ご覧の通りウズマサとはどういう意味かという
説明が、疾(と)っくに詳しく書いてある。
補足すれば、
ウズマサとは酒がどんなに富裕(太く)で忠義な勝かを
強調した形容代名詞=渾(あだ)名なのである。
だがこの話は、
『姓氏録』はさらに詳しく記録されているから、
今さら、語源などを探すような対象ではない。
そこには『書紀』が引用した元の記事がある。
これは『書紀』の編集者が、
どんなふうに資料を粉飾したり、
省略したりしたかを具体的に教えてくれ、
また斬定的に立証で書る史実が記録されているので。
本学にとっては高度の教科になる。
次に訳して引用するので、
細部によく注意しながらお読み頂きたい。
『参考』
小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「バビロニア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「ギリシア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
「オリエント学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
「アッシリア学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
「中国学」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
「ギルガメシュ叙事詩」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9 http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
「フェニキア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
「古代エジプト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
「ヒッタイト」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
「アナトリア半島」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語― http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html
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