2009年11月5日木曜日

天皇が姓をもたない理

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:10頁

 それが『旧約聖書』に出てくるから

 ユダヤ人の証拠だなどと錯覚している者がいるので、

 ことさらここでお話しする必要があるのである。

 ただ最も重要なことなので、

 先にお話ししておくのは「姓」についてである。

 私たちは今は当然のこととして、

 姓と名をもっているが、ウバイドの習慣では姓はなかった。

 それは全員一家で兄弟姉妹だという考えが基本だったからで、

 名前だけだったのである。

 だからアブラハム、イエス、ダビデ、ソロモンなどという名だけである。

 ところが人口が殖えて同じ名の人を区別する必要が生まれたので、

 最初は地名で区別して、ウルの誰々と呼んだ。

 これが後に我が国で、名乗りが地名で構成される基になったのである。

 またこれが、天皇が姓をもたないことの真相でもある。

 だから地名を姓として、付けて呼ぶなら、

 国名は倭人、倭国、日本と変遷しているが、

 本質はウバイド=倭人で、少しも変わっていないから、

 混乱を避けて真実を表記するなら

 「ウバイドの○ヒト(○仁)」ということになる。

 同様に、アダムとイブも

 「エデンのアダム。エデン・イブ」なのである。

 そこで、これに漢字で当て字をしてみると、

 面白い現象が見られる。

 エデン=江田。

 アダム=阿檀(アダン)。

 イブ=指(指宿・イブスキ)。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
 「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語―  http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html 

2009年11月4日水曜日

ウバイド人もユダヤ人も同じ地域出身

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:9頁

 しかし、この秦氏の件を除けば、

 古代にユダヤ人が我が国に移住した証拠は少なくない。

 彼等は『旧約聖書』が書くとおり、幾度も国が滅び、

 そのたびに流浪の民になって新たな生活国を求めて放浪し、

 あちらこちらに住み着いてそこの国民になっていった。

 もちろん混血して純粋ではないが、遺伝の法則どおりに、

 特色のある容貌や体形をもった人が生まれる。

 そのなかで目立っのは、容貌が西欧型で小柄な人が多いこと、

 手が際立って小さい人が出ること、

 姓や居住地名に特徴があることなどだが、

 姓については未だに偏見差別がやめられない人々がいるので、

 人権侵害になるから、これ以上はお話しできない。

 ただ、間違ってはいけないのは、

 ウバイド人もユダヤ人も、全く同じ地域の出身である。

 もとの言葉は同じだし、

 ノアの箱船の大洪水伝承のようなものも共有している。

 このことが知られていなかったから、

 これまでは間違って差別されてきた方々も多かった。

 しかしウバイドが我が国の出発点であることが確認された今は、

 むしろ積極的に誤解を指摘して史実を

 世界の常識にする必要があることは言うまでもない。

 その一つとして

 意味する姓があることをお話しする必要がある。

 この地名はウバイド女帝国のなかでも、

 最も恵まれた地域=首都圏を意味していた。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
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2009年11月3日火曜日

伊佐良井は祖先の名のイスラエルではない

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:8頁

 この井戸は『源氏物語』にも

 「いさらゐは はやくのことも 忘れじを 元のあるじや 面 変はりける」

 と記されていると、証拠の一つにしているが、

 この「はやくのこと」は祖先がイスラエルだという意味になるだろうか?。

 この歌の主意は

 「元の主が、私を見る目付きも、表情も以前とは変わってしまった」

 という嘆きにあるから、

 伊佐良井の井戸を強調した意図は、

 それと対応して、

 変わらないものの良さ、

 美しさを痛感させて、

 変わってしまったものを非難することにある。

 「はやくのこと」は「遅くなって」の反対で、

 早期のこと。

 流れる水の早期は水源のことだから、

 「伊佐良丼の井戸の水は、

  水源で美しい石に洗われて美しくなり、

  井戸まで流れてきても変わらず美しいが、

  その人は何もかも汚なく変わってしまった」

 という嘆きの歌であって、

 これをイスラエルにしたのでは、

 紫式部はキリスト教に詳しく、 

 元の主=主キリスト?が

 どう面変りしたというのか?、

 支離滅裂で何のことか分からなくなる。

 無茶なコジツケだ。

 それに秦氏はなぜ?

 そんな謎めいた当て字を使う必要があったのか?

 も考えられない。

 河勝でも酒でも本名を堂々と書いているのだ。

 それ以上に尊敬する先祖の名を伊佐良井などと、

 タカが井戸の名にしてしまうような人達では絶対にない。

 博士の妄想に過ぎない。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
 「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語―  http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html 

2009年11月2日月曜日

秦と景教徒は時代措誤、伊佐良井は石洗い

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:7頁

 しかし、雄略天皇が倭の五王の一人「武」だったことを、

 ご確認ずみの皆様には、ここまでお読み頂くと、

 雄略天皇十五年にウツマサという号をもらった秦の公・酒の一族は、

 『宋書』の倭王・武の記事で、

 460年ごろに我が国に実在していた人達だと解っているので、

 2百年近くも後世の635年に、

 やっと唐へ辿り着いた大秦景教徒たちとは、

 全然無関係だとお解りになる。

 また秦の一族はその後の消息が大量に詳しく記録残っている。

 それは大半が文筆関係だからである。

 これは漢字、漢文を使い慣れた中国人だった証拠で、

 中でも目立つのは仏教の経師で、

 東大寺建築関係の役職にもついている。

 教義が異なると同族でも大量虐殺したと

 『旧約聖書』に書き、

 戦い追放するキリスト教徒では絶対にない。

 それなのに

 「秦の河勝をまっる広隆寺には

  イスラエルの井戸と呼ばれるものが存在している」という。

 正式名称は伊佐良井だが、

 佐伯博士は景教経典のなかに

 「一賜楽業」の文字を発見、

 これはイサラエと読めるからイスラエルのことだというのである。

 けれども秦氏はキリスト教徒でもイスラエル人でもないのだから、

 それは日本語で読む方が自然である。

 それは、

 水の良さを表現する「石洗い」の井戸というのが、

 ごく自然な名前である。

 石をイサと発音し伊佐と書くのは、

 イサナキの命の例で確認ずみの記名習慣だ。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
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2009年11月1日日曜日

「秦(はた)氏景教徒説」と唐代中国での景教布教

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:6頁

 そんなものを言語を用いて古代史の謎を解くからと称して、

 私たちの言語復原史学同様の学問だと宣伝されたのでは、

 迷惑も甚だしい。

 無知な人は区別がつかずに、

 言語復原と聞いただけで軽視する人が増えるからである。

 ここに取り上げてお話しした例は、誰でも明瞭に黒白が判るので、

 機会があればご活用を賜わりたいと思って、ご覧いただいた。

 しかし、そんなことに気付かない著者は、

 「秦氏景教徒説」の先輩、

 東京文理科大学の佐伯芳郎教授の説を

 引用して自説を主張するので、それを見ていって頂きたい。

 景教とは初期キリスト教のネストリウス派を指す中国名である。

 431年と451年に行なわれた2度の教義会議の論争で、

 「父と子と聖霊は三位一体の神だ」と

 主張する主流のアタナシウス派に、

 「いや、イエスは神であり、人である」と対立して、

 負けて追放された宗派である。

 シリヤに逃れ、イランに移り、

 シルクロードを通って

 インド・中国まで布教した記録が残っている。

 中国には「大秦景教流行中国稗」という遺物があり、

 唐代の635年に景教が伝来し、

 3年後には教会堂が建てられたと書かれている。

 この大秦は当時の中国でのローマの呼び名だから、

 秦氏が大秦でもローマ人しか意味しない。

 景教なら景はキーでキリストのキリであるが、

 秦氏一族は景教を示す何物ももってはいない。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
 「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語―  http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html 

2009年10月31日土曜日

ウヅマサは秦(はた)とは無関係な形容詞「号」

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:5頁

 『新撰姓氏録』の

 「左京諸藩・太(うづ)秦の公宿弥」の条と、

 「右京諸藩・秦の忌寸」の条と、

 「山城諸藩・秦の忌寸」の条などに、こう書いてある。

 「秦の公・酒は功満王の三世孫

  (または弓月の君の孫・普洞王=浦東君の男=子息)だ。

  雄略天皇の御代、普洞王のとき秦民が劫略に遇い、

  今はその十分の一も現存しない状態なので、

  秦の公・酒は天皇に、

  実状を点検して召し集めて戴きたいと請うた。

  天皇は聴き入れて、

  小子部(チイサコベ)の雷(イカツチ)に、

  大隅阿多隼人らを率いて捜査し、

  集めさせた結果、秦氏の九十二部、

  一万八千六百七十人を回収して、酒に賜わった。

  酒はその人々に養蚕をさせ絹織物を織らせて、

  朝廷に運び、

  丘のようにうづ高く積み上げたので、

  天皇はことのほか酒を御寵愛になり、
 
 禹都万佐(ウツマサ)という号を賜わった。

  そのため酒は一層秦の民たちを督励して、

  長谷朝倉の宮の皇居のそばに八丈蔵を増築し貢ぎ物を納めた。

  これが大蔵の初めで、酒が初代の大蔵大臣を勤めたのである」

 と複数の記録が残っている。

 だからウズマサは大秦や太秦という名詞とも、

 文字とも何の関係もない全く別の形容詞に過ぎない。

 それを『日本書紀』の記事すら知らずにいて、

 古代ローマの中国名である大秦に結び付けるのは、

 誰が考えても許されることではない。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
 「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語―  http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html                         

2009年10月30日金曜日

ウズマサの意味まで説明してある『書紀』

 『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録36:4頁

 『日本書紀』

 「雄略天皇十五年」秦の民が分散。

 臣・連らは各々勝手に駆使し、

 秦の造(みやつこ)に委せなかった。

 秦の造・酒は、それを甚だ憂えつつも、

 天皇に仕えていたので、

 天皇はそれを褒めて、

 秦の民を集めて酒の公に賜わった。

 酒の公は百八十部族の

 長・勝(マサ=優れたものという意味)たちを率いて、

 庸調(貢ぎ物)の絹織物を高く積み上げるほど献納した。

 それを愛でて天皇は

 『禹豆麻佐・ウヅマサ』という姓(かばね)を賜わった。

 あるいは禹豆母利麻佐・ウヅモリマサともいうのは、

 「うづ高く」、「埋まる程に盛り上げた」

 という形容詞プラス「勝」である」と書いてある。

 ご覧の通りウズマサとはどういう意味かという

 説明が、疾(と)っくに詳しく書いてある。

 補足すれば、

 ウズマサとは酒がどんなに富裕(太く)で忠義な勝かを

 強調した形容代名詞=渾(あだ)名なのである。

 だがこの話は、

 『姓氏録』はさらに詳しく記録されているから、

 今さら、語源などを探すような対象ではない。

 そこには『書紀』が引用した元の記事がある。

 これは『書紀』の編集者が、

 どんなふうに資料を粉飾したり、

 省略したりしたかを具体的に教えてくれ、

 また斬定的に立証で書る史実が記録されているので。

 本学にとっては高度の教科になる。

 次に訳して引用するので、

 細部によく注意しながらお読み頂きたい。

 『参考』

 小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書:『メソポタミア世界』 http://www.orient-matsudo.com/kobayashi-shumel.htm
 オリエントより日本への遷都:『言語復原史学会:加治木義博』 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/blog-category-11.html
 シュメル-人類最古の文明:『小林登志子』中公新書 http://bloghistorygallary.blog10.fc2.com/category9-20.html http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/folder/1602066.html
 「古代オリエントの地名一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E5%9C%B0%E5%90%8D%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.82.A4.E3.83.A9.E3.83.B3.E9.AB.98.E5.8E.9F
 「古代オリエントの用語一覧」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%AE%E7%94%A8%E8%AA%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7
 「メソポタミア神話」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「バビロニア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「ギリシア神話」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1
 「オリエント学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%88%E5%AD%A6
 「アッシリア学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%AD%A6
 「中国学」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%AD%A6
 「ギルガメシュ叙事詩」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9  http://www.aurora.dti.ne.jp/~eggs/gil.htm
 「フェニキア」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA
 「古代エジプト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88
 「ヒッタイト」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88
 「アナトリア半島」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8D%8A%E5%B3%B6
 「新潮社」五〇〇〇年前の日常―シュメル人たちの物語―  http://www.shinchosha.co.jp/books/html/603574.html