2015年1月12日月曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑨


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:837・838・839頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑨

 「神の家」は、はしご(階段)を昇って上がったところにある。

 その概念が日本の神殿と全く同様であることは既に述べたが、

  ※ARPACHIYAH 1976

   高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
   
   (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 



 メソポタミアの「高床式建物」、ジクラト(聖搭)にも見られ、

 北メソポタミアのシンジャール、

 その地域の紀元前1万年頃の旧石器時代の埋葬霊所に

 牛角を掲げることに始まっている想念である。

  ※牛頭を象った神社建築の棟飾部




 牛角は階段の意義があり、ゲルマン民族名である

 German の祖語はシュメル語の galam-am で

 「牡牛の角」であるとの見解を述べた。

 角は天への門である。

 サンスクリット語の 「角」を意味する śṛṅga が神社(シンジャ)と

 なっているとの見解も既述のところだが、

 この神社こそ「神の家」にして「天の門」である。

 スバル人の後裔が用いる za-kari (天の門)は、

 古代メソポタミアにその祖先がいたころからあった用語であり、

 インド・ヨーロッパ語圏へ移入されている。

 ギリシャ語では ςηκοζ(聖域)となったが、

 その義を「家畜を囲んでおく柵」としており、

 神社の瑞籬の起源を窺わせる。

 ラテン語では sacró (神聖にする、祭る)

  sacrum,sacellum,sacrārium,sacramentum(至聖所)となり、

 ドイツ語で

  Sskra (聖所)、sakral (聖式の、礼拝の)、

 英語の 

  sakrament (聖所)である。

 それらの原初時代の

 シュメル語では

  sug-suku(神域)、sukud(掲げる、高くする)、šakar (容器、箱)、

 セム語では

  zagaru (高くある)、saga (聖所、寺院)、zigfura (聖所、寺)、

 この語は zigfura-tu(ジグルラト・聖塔、寺塔)の基語である。

 スバル語 za-kaṅ は以上のような波及をみせている。

 これが

 バローチ語 zahir (明白な、明らかな)となり、

 ユダヤ語の ziher (確かな、安全な)、 zikh (十字)、

 サンスクリット語の 

 śukara となって

 「輝く、明るい、清い、白い、清浄な」の形容詞と共に名詞として

 使われた。

 この「聖所」の意味こそ「疎:サカラ」の真義で、

 つまり zakaṅ が遠い祖語であり、

 「天の門」である。

 「疎」はジクルラトの持つ概念と一致するものであったのである。

  「天疎」は結局青垣で、三輪山を指すと考えられ、
 
 「天疎向津姫命」は「天門の向うの姫命」で

 天門は暁であるから曙の向うから来る(現れる)太陽神である

 天照大神ということとなる。

《参考》

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
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2015年1月11日日曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑧


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:835・836・837頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑧

  次に「天疎(あまさかる)」について考えてみたい。

 「疎」は「疏」が元字で、その読みは「とほる、とほす」で、

 「うとい」「すかす」の意味もある。

 その尊称の読みを「さかる」とするのは何故かだが、

 大神神社の三ツ鳥居を通ることを「透る」と

 三輪神道では説かれているので、

 「すかす」と係わると考えられる。

 しかし、「さかる」には更に複雑な意義があると考える。

  「瑞籬と三ツ鳥居」でコーカサス caucasus(囲垣) の国

 グルジアの ziskari(暁) は za-kari で

 「天門」の意味であることを紹介したが、

 「さかる」はこの zakari と同声である。

 相互関係があるのだろうか。

 旧約聖書「創世記」第28章において「天の門」が現れる。

 本書の第5章の「ヘブライ人とユダヤ人」で紹介したように、

 ヤコブがベエルシバを発ってからハランに向う途中

 ルズという町で一夜を過ごしたところ、

 彼の夢に

 「一つのはしごが地の上に立っていて、その頂は天に達し、

  神の使いたちがそれを上り下りしている」のを見た。

 そこで主は彼に彼が伏しているところを

 彼の子孫に与えることを語りかける。

 彼は眠りから覚めて恐れ

 「まことに主がこのところにおられるのに私は知らなかった」といい、

 「これはなんという恐るべき所だろう。

  これは神の家である。

  これは天の門だ」と恐縮する。

 この地はベテル Beth-el (家‐神) で

 現状の死海西方の Bethlehem 市に当たる。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
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2015年1月10日土曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑦


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:834・835頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑦

  両神の国生みに当たり右に回ったり、左に回ったり

 柱を中心に行く方向についての物語があり、

 鑚火における鑚木をどのように回すかの規則があったものとみられる。

 大神神社の繞道祭はかっては「繞堂」と表記されていたという。

 「繞」は「回わる、めぐる」の意味であり、三ツ鳥居のうちの

 繞堂と称するところで鑚木である繞柱を回して

 鑚火を行っていたものと推測する。

 現在は火打ち石によって採火するようになっているとのことで、

 この神火(大松明)を拝戴した信者たちが、

 同社の摂社、末社を担ぎめぐる(繞)ことから

 繞道祭と表記されるようになっている。

 信者たちはそれぞれにその神火をいただいて帰宅し、

 新年の祭りを始めたという。

  『古事記』伝は撞賢木(斎賢木)は「叢(伊豆)」の枕詞という。

 「イツ」とは何かであるが、これは鑚木鑚臼ををいう。

 サンスクリット語の idh の音写で、 indhe が「点火する」、

 yate が「燃やされる、点火される」である。

 叢御魂である「イタマ」は idhma で「聖火に用いられる薪」で、

 結局「イツ」は撞賢木である。

 そして idh はイザナギ、イザナミの「伊邪」である。

 「ナギ」は梛で鑚木(杵)を、「ナミ」は「並」で鑚臼である。

 梛は兵庫県竜野市神岡町沢田梛山の梛八幡神社名になっており、

 八幡神社となる前には鑚木に係わる神社であったろうと思われる。

 京都府与謝郡岩滝町男山に鎮座する板列八幡神社の「板列」は

 「イザナミ」で鑚臼を祀るものと考える。

 このように考察すると、

 本居宣長がいう天照大御神(神火)は

 伊邪那岐大神の槻賢木伊豆(鑚木)の御霊に生れたとの理解が

 よりはっきりする。

 天照大神は太陽神にして火神である kasāku 春日神なのである。

 大神神社の繞道祭は太陽神の象徴である神火を天照大神

 御魂として拝載する儀式ということができる。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
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2015年1月6日火曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑥


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 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:831・832・833頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑥

 多神社と姫皇子神社の祭神の関係を整理すると

 次のようになる。

  多神社

   天祖聖津日孁神、又の御名天疎向津姫命

   (天照大神)

  姫皇子神社

   天媛日火孁神尊、又の御名天疎向津少女命

   (天照大日孁尊の分身、天照日孁大神之苦魂)


  「天疎津姫」について『日本書紀』の「神功皇后」において

 「神風の伊勢国の百伝う度逢県の折鈴五十鈴宮に坐す神、

  撞賢木叢之御魂天疎向津媛命」とある。

 Kasāku の同類語 kaṣ(kaṣati)  は「摩擦する」、

 kaṣa は「摩擦」を表わすが、摩擦によって発するのが

  kasāku (火) で、これは鑚火に関係する。

 つまり鑚木鑚臼によって神火を採るのが鑚火祭で、

 すでに述べたように出雲の熊野神社は

 「日本火出初社」として知られるが、

 その他の神社でも行われた。

 同社における鑚火のための鑚木が「撞賢木」である。

 檜、樅、など槙が使われた。

 本居宣長の「古事記伝」は「撞」を槻とみて

 「天照大御神は伊邪那岐大神の槻賢木にて伊豆の枕詞なり」

 と記す。

 大神神社の檜原神社は、天照大神苦御魂神を祀るが、
 
 伊弉諾尊、伊弉冉尊を配祀する。

 『記・紀』によると天照大神は諾冉神の御子であるからである。

 これらの状況をみると、
 
 伊弉諾尊は鑚木で伊弉冉尊は鑚火臼であると考えられる。

 両神の国生み神話が『記・紀』に語られるが、

 その最後に『日本書紀』の火産霊神、

 『古事記』が

 「火之夜芸速男神を生みき、亦名は火之炫毘古神、

  亦之名は火之迦具上神」と謂ふ。

  此の子を生みしに因りて、美蕃登灸かれて病臥せり」

 という火神が誕れる。

 延喜式の「鎮火祭」の祝詞には

 「神伊佐奈伎、伊佐奈美の命、妹妋二柱嫁継ぎ給て、

  八百萬神等生給いて、麻奈弟子に、火結神生給いて、

  美保止焼被れて、石隠坐て(略)」とあり、

 諾冉両神から火結神が生れることを述べている。

 美蕃登、美保止は女陰で鑚臼の「穴」というものである。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
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2015年1月4日日曜日

天照大神と多氏・大三輪氏⑤


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 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:830・831頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏⑤

  注進状は多神社の一座を「天祖賢津日孁神命」とし、

 それより古い「社司多神命秘伝」は

 「天祖賢津日孁神は天疎向津姫命。

  春日部座高座大神之社同体異名也」とする。

 「春日部座高座大神」とは延喜式神名帳河内国高安郡に載る

 「天照大神高座神社二座並大」で、

 現在八尾市教興寺字弁天山に鎮座する。

 「春日部神」、「三代実録」の貞観元年(859年)に

 「春日戸神」とあるほか、

 「大智度論」巻54の奥書、天平14年(742年)に

 「河内国高安郡春日戸」とあることから

 「春日戸」として考察すると、

 春日は kasāku で「戸」とは「門」であり、

 「春日戸」は三輪山と考えられる。

 kasāku はその頂にある高宮名の gaura 、śuci (杉)に対応する

 「光輝、照、光明」の意味で一致するし、

 三ツ鳥居に象徴される三輪山は「天門」であった。

 「高座(たかくら)」は三輪山の峯の移入である。

 高座の「クラ」は kūla で「小高い山、山の傾斜」で、

 「高座」は「コウクラ」が本音で「輝く小山」となる。

 弁天山は山になっており、

 同社はその中腹の傾斜地に鎮座する。

 同神社名は三輪山の天照大神が

 「高座」に鎮座しているとの称名で、

 春日戸神は天照大神を称するものである。

 多神社の「姫神」(天祖賢津日孁)は

 その「高座大神之社同体異名也」といっているのであり、

 天照大神であることを示唆している。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 

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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2015年1月3日土曜日

天照大神と多氏・大三輪氏④


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 牛角と祝祭・その民族系譜:829・830頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏④

  残る一神については、

 特選神名牒も「姫神」とするだけで説明がない。

 祭神を姫神とする神社には宇佐神宮があり、

 その祖神は「ウシャス神」であった。

 「姫」名の神社は多神社の東方200メートル余りに延喜式神名帳にも

 載る「姫皇子神社」(田原本町多字里の東)が鎮座する。

 「多神官注進丞」(1149年)は

  その祭神を天媛日火孁(あまつひめひめ)神尊」とし、

 その裏書の「社司多神名秘伝」には

 「天媛日火孁者天疎向津少女命、天照大日火孁大神之苦魂。

  亦高宮郷座天照大神和魂神社同体異名也、

  神名帳云河内国讃良郡高座神社一座是也」とある。


 また注進状には「旧名春日宮、今云多神社」とあるが、

 春日」は「カスガ」であり、この用語はサンスクリット語の

 kasāka の転写と考えられ、「太陽、火」が語義で、

 その動詞形 kas(kasati) は「光を放つ、輝く」である。

 すると、多神社に太陽神が祀られていたことになり、

 姫皇子神社の祭神天媛日火孁女神が

 多神社の祭神であってもおかしくなる。

 「日火」の表現はまさに kasāka に該当する。

《参考》


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
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天照大神と多氏・大三輪氏③


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 牛角と祝祭・その民族系譜:827・828・829頁
 第十二章 大国主神と大物主神

 天照大神と多氏・大三輪氏③

 第1章 祝祭で紹介した

 八意(やごころ)思金神や阿知女作法」に係わる。

 そこで説明しなかったが、思金神の「八意」は「八井」と

 同音同義で、これも「ヤジュール」で「意」としたのは

 「思金 shikin 」の本義「知識、意識」を含味したからである。

 長野県下伊那郡神坂村の阿智神社の鎮座する阿知‐伏谷が

 adhvaryu であることを一層確実に理解できるだろう。

 このほか yajur は八尻、八釣など音写されている。

 桜井市山田を八釣川が流れ明日香村に八釣地区がある。

 ここは阿部氏の地である。

 阿部が hava (祝) で祭宮であることを補足説明するものである。

 さらに「八井」が yajur である傍証が長野県にある。

 『古事記』の神八井耳命を租とする氏族の中に

 「小長谷造(オハセノミヤッコ)」の名があるが、

 この名称は長野市篠ノ井の南「長谷」に係わる。

 ここは和名類聚抄の「信濃国更級郡小谷郷」の地で、

 長谷神社、小長往山などがあるから

 「小谷」は「小長谷」であると解されている。

 万葉集に「信濃国防人小長谷部笠麻呂」とあり、

 小長谷郷が長谷、小谷と大日本地名辞書は述べる。

 そこにある「長谷神社」は延喜式神名帳「信濃国更級郡」に

 同名で載るが、祭神を「八聖神」という。

 この祭神について大日本地名辞書は

 「科野国造、小長谷部造の祖神神八井耳命を祭るか」と述べ

 「神祇志料」の

 「延喜式更級郡の宮社にして万葉集信濃国防人小長谷部の名見え、

  小長谷部、科野国造は共に神八井耳命の裔孫(姓氏録)なれば

  数なきにあらず」とある条を紹介している。

 「八聖神」は「ヤーヒ(イ)ジリ」デ「ヤジリ yajur 」である。

 八聖神を神八井耳命とする推論は正しく、

 「弥志理」が「八井」であり、「ヤシリ」であることを証していると考える。

 多神社の神名帳に載る「二座」のうち

 一座が神八井耳命であったことも間違いないだろう。

《参考》

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 牛頭を象った神社建築の棟飾部

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