2014年9月9日火曜日

櫛𤭖(瓦+镸)玉姫(1)

 浦和レッズレディース
 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:736頁

 第十二章 大国神と大物主神

 櫛𤭖(瓦+镸)玉(くしみかたま)姫(1)

  雷神はまた水神としてよく知られる。

 この点で注目されるのは、

 三諸、御諸、御和、三輪、美和、𤭖(瓦+镸)玉である。

 出雲国造神賀詞が「櫛𤭖(瓦+镸)玉神」と表記する。

 「𤭖(瓦+镸)」は「壺、瓶」で、水類を入れる器であるが、

 この「ミカ」はまた「美和(みか)」である。

 『古事記』の神武天皇条で

 「美和の大物主神」とある「美和」は三輪である。

 「美和」は実は「雲」それも雨を降らす「積雲」をいい、

 大神神社は神奈備山である「山」を

 崇拝対象としているばかりでなく、

 そこに湧く雲をも信仰の対象としているのである。

 その真実は以後の考察で十分解かるだろう。


《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

2014年9月8日月曜日

大物主神(5)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:735頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神(5)

  蛇が大神神社の信仰に大事であることは、

 同社の拝殿の右手に「巳(み)の神杉」の垣が

 置かれていることでもよく解かる。

 「巳」は蛇の意味である。

 「杉」はその神木であるが、

 京都市伏見区の稲荷山の

 「大杉、傘杉」や「大杉神社・稲敷」でみたように雷光を象徴し、

 サンスクリット語の śuci を祖語とする用語である。

 大杉神社の祭神大国主命を同社は「大己貴神」と表記するが、

 この「己貴」は「巳貴」であったとも考えられる。

 「巳貴」は「シキ」で「志貴」となり、

 「磯城」でもあると推測される。

 「己貴」とされるのは「つちのと」を主旨としたものである。

 「巳」は十二支の第六位であり、

 双方は同義であろう。

 このように大物主神とは蛇王神 (ahi-dvis) であり、

 雷神で」ある。


《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
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2014年9月5日金曜日

大物主神(4)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:734頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神(4)

  大物主神は「大蛇」で赫々と輝く眼を持つ神であった。

 この神はすでに

 「海を光(てら)して依り来る神」であったが、

 ここに雷神であることが記されている。


 インドラ神が大杉神社や雷電神社に

 稲妻、雷光神として祀られていることは既に述べた。

  『日本書紀』の崇神天皇の9年9月の条には、

 倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)が

 大物主神の妻となったが、

 その神がいつも昼には現れないで、

 夜にやって来たので、

 策をもって試みたところ、

 夫は蛇であったことを知り、

 その策を後悔して陰部に

 箸を撞きたて死んでしまうという物語を載せている。


《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 
 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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 牛頭を象った神社建築の棟飾部
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2014年9月4日木曜日

大物主神(3)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:733頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神(3)

  三輪山の蛇に関する伝説は

 『日本書紀』雄略天皇7年の秋7月の伝承を初め、よくみられる。


   天皇、少子部連蜾蠃(ちいさこべむらじのすがる)に詔して曰はく、

  「朕(ちん)、三諸岳の神の形を見むと欲(おも)ふ。

  或いは云わく、此の山の神をば大物主神と為(い)ふといふ。

  (略)汝、膂力人(ちからひと)に過ぎたり。

  自ら行きて捉(とらえ)て来」とのたまふ。

  蜾蠃、答へて曰はく、

  「試に往りて捉へむ」とまうす。

  乃ち三諸岳に登り、大蛇を捉取へて、天皇に示(み)せ奉る。

  天皇斎戒したまはず、其の雷虺虺(かみひかりひ)きて、

  目精赫赫(まなこかがや)く。

  天皇、畏(かしこ)みたまひて、目を蔽(おほ)ひて見たまはずして、

  殿中に却入(かく)れたまひぬ。

  岳に放たしめたまふ。仍(よ)りて改めて名を賜ひ雷とす。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2014年9月3日水曜日

大物主神(2)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:732頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神(2)

  「蛇」は大神神社の信仰に重要な意義がある。

 蛇を意味するサンスクリット語には ahi があり、

 ahi-dvis 「蛇王、龍王」を表わす。

 dvis は deveśa で「諸神の主」で「王、王侯」を表わす。

 この deveśa が「大物主(だいぶつしゅ)」へと転訛したのである。

 同語はヒンズー教においてはブラーフマン、ヴィシュヌ、シヴァの

 各最高神をも含むが、バラモン教の初期においては

 インドラ神が最初の天界の支配的神であり、

 śakra の地名がここにあることから、

 大神神社の「大物主 deveśa 」はインドラ神をおいては外にない。

 しかも ahi-dvis はまたインドラ神の別称であり、

 ahi は「オホ」であり、「太神」ないし「大神」の祖語でもある。

 Deveśa(dvis) の語幹deva は「神」である。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

Tell Arpachiyah (Iraq)
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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
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2014年9月2日火曜日

大物主神(1)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:731頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大物主神(1)

  本書において「大物主神」がインドラ神であることを

 最初に述べたのは

 第11章の「大江戸:塩土老翁の鎮座地」であった。

 大神神社の鎮座する「桜井」がインドラ神の尊称である

 śakra に依るものであることを示した。

 サンスクリット語の同語は本来の意味を

 「力のある、強い」の語義で、

 天界の最初の支配者に対する尊称である。

 因みに「井」は磐余池(いわれいけ)のことであるが、

 「磐余」は「伊波礼」と訓み、これもサンスクリット語の

 hvāra の転訛で「曲がりくねっているもの」の語義で

 蛇を表わすが、その動詞の Hvr , hvarate は

 「曲がる、降りる」、曲がって行かせる」で

 「さまよう」を意味する。
 
 磐余の地は『日本書紀』が

 神武天皇が来る以前は片居あるいは片立といったと述べているが、

 「片」は kāta(khāta) で「池、井、穴」を表わす。

 神武天皇は「神倭伊波礼毘古」とその和名を称するが、

 その東征をいったもので

 「さまよう」あるいは「降臨」を表現したものである。

 Hvāra が「イワレ」となった理由は havala が「阿夫利」になったり、

 hava が「阿部」になった例と同じである。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

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 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
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2014年9月1日月曜日

大国神と大物主神(6)

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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:730頁

 第十二章 大国神と大物主神

 大国神と大物主神(6)

  『日本書紀』は大物主神をい大己貴神の幸魂奇魂として、

 出雲国造神賀詞も大穴持命の和魂として、

 まるで両神が同じ神であるかのように表現しているが、

 『記・紀』が海の彼方から光り照らしながら近づいたと

 説明する状況からすると、

 この神も少彦名神同様外国から来た神である。

 本居宣長は「古事記伝」巻二十で

 「御此大物主と申す御名は、

 美和に鎮り坐す御魂の御名にして

 大穴牟遅命の一にあらず、

 倭大物主とあるにてもしるべし」

 と述べ、

 大国主神と大物主神とが

 別の神格であることを見抜いている。

 『古事記』は大国主神を須佐之男命の六世の後裔とするが、

 大穴牟遅神の「根の堅州国に参向ふべし」の物語の中では、
 
 須佐之男命と八上毘売との間の女(むすめ)須勢理毘売の

 婿としている。

 大神(須佐能男神)が大穴牟遅神を呼んでいう。

 「我が女須勢理毘売を嫡妻と為て」

 「大国主神となり、亦宇都志国玉神となる~」

 と語りかけている。

 同神に多くの別称があるが、

 『記・紀』の編纂の途上近似した神名を結びつけるなどの

 造作があった可能性がある。

 つまり、確かに「神武東征」に際し国譲りは史実として、

 それに近い事件があったと考えられるが、

 その時代の大国主命は、「須佐之男命の後裔」であったけれど、

 大和国の御諸山に祀られた「大国主命」とは

 全く違う神名であったということである。

 とはいうものの大和・出雲地方の政治的関係を

 否定するものではないことは「意宇」「生尾人」の考察で説いてある。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
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