2014年4月4日金曜日

セリカ名の由来と遺称(5)


 『Yahoo!天気・災害』
 Matのジオログ

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:567頁

 第十章 天毒とセリカ

 セリカ名の由来と遺称(5)

  古事記の邇邇芸命天孫降臨の段に「韓国に向い」と、

 日本書紀にも「空国」と表記されている。

 「カラ」はインドの仏典「ミリンダ王の問い」に

 海洋交易商人の遠洋航海で訪れる先 kola-paṭṭna と考えられる。

  サンスクリット語では、 kola は「船、船筏」であり、

 paṭṭna は「都市、町」であるがこの場合は港である。

 国分市の錦江湾に沿う地名湊はいうまでもなく港で、

 そこに鎮座する長野神社の「ナカノ」は nau-karna の転訛で

 「船-舵」の語義と考える。

 湊は paṭṭna 対応される。

 『参考』

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 古代史獺祭

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

セリカ名の由来と遺称(4)


 『Yahoo!天気・災害』
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:566頁

 第十章 天毒とセリカ

 セリカ名の由来と遺称(4)

  鹿児島湾の別称は錦江湾である。

 「錦」は絹織物の一種、

 布を織る工程で絵柄を織り込んだものを謂う。

 湾岸に絹の産地があったことになる。

 石垣(セリカ)名は揖宿郡頴娃町にあるが、

 これについては後述する。

 まず、注目するのは姶良郡加治木町に代表される一帯である。

 「カジキ」はサンスクリット語の「絹、絹布(帛)」を表わす

 kraśika の音写である。

 町内の反土(たんど)は京都府丹羽や反物などに係わる

 tantu(糸)、tan(織物を擴く)を祖語とする。

 また反土の西側に位置する木田は「キタ」で kita(蚕)の音写で、

 鳥取県の気田郡(現気高郡)名と同根である。

 地区内にある隅姫神社の「クマ」は krmi の転訛で蚕を表わす。

 反土には小鳥神社が鎮座し、その北方に薬草を意味する

 ośadhi である小山田地区があり、

 インドの医薬に対する信仰文化が浸透したことを示している。

 加治木町の東側隼人町に内、内山田との地区があるが、

 この「ウチ」はそこに宇都山がある通り「ウツ」で、

 これは「桑」を表わす ut に依る。

 この一帯は明治29年までは「和名類聚抄」にもある

 「桑原郡」であった。

 ut-rīpîtî も「桑」を表わすが、

 国分市上井の韓国宇豆峯神社の「宇豆峯」の転訛と見られ、

 宇都山と同義でである。

 桑原郡はかって囎唹郡内であったと考えられている。

 和名類聚抄には、その郡内に葛例(かれ)郷があった。

 「葛例」と韓国宇豆峯神社の「韓」は

 呼称の理由を同じくしており、

 錦江湾の奥の地を「カラ」と称し、

 韓国と表記したと考えられる。

 《Key Word》

 錦江湾

 木田の田の神様(きだのたのかんさあ)

 隅姫神社・鹿児島

 九州地方鹿児島県姶良郡加治木町の神社一覧

 韓国宇豆峯神社

 『参考』

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 古代史獺祭


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
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2014年4月3日木曜日

セリカ名の由来と遺称(3)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:565頁

 第十章 天毒とセリカ

 セリカ名の由来と遺称(3)
 
  この勢理客が絹と係わることは

 次のような状況からも判断できる。

 浦添市の勢理客と那覇市の境を流れる川を安謝川といい、

 安謝の地名もある。

 この地名は

 サンスクリット語の「光、光明」を表わす aṃśu の転訛である。

 aṃśu を語幹とした aṃśuka は「布、衣服」を意味し、

 漢訳では「絹、絹羅」とされている。

 これは aṃśu-paṭṭa が市を表わすことによる。

 paṭṭa は第六章月氏と秦氏で秦氏の氏族名として

 紹介した用語と同類であるが、

 ここにおいては市名浦添(ほてん)の

 祖語とも考えられるのである。

 市役所のある安波茶(あばちゃ)も aṃśu に係わるものとみられる。

 国頭郡今帰仁村の勢理客の南側には天底地区があるが、

 これは aṃśuka の音写であり、

 北側の越地は北陸の「越(こし)」国などで紹介した

 繭を表わす kośa を祖語とする。

 このように勢理客は絹に係わる地名である。

 『参考』

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 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2014年4月2日水曜日

セリカ名の由来と遺称(2)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:564頁

 第十章 天毒とセリカ

 セリカ名の由来と遺称(2)

  沖縄県浦添市に「勢理客」という地名が

 安謝川の河口一帯にある。

 沖縄の呼称ではジッチャクというが、

 本来「セリカ」と考える。

 ここは交易商船の寄港地であったと見られる。

 「勢理客」名は国頭郡本部半島今帰仁村の

 勢理客(セリームキャク)、伊是名島の同名地区があるほか

 名護市の世良慶、恩那村の瀬良垣とある。

 また鹿児島県大島郡沖氷良部島の瀬利覚も同様である。

 さらに宮古列島の石垣島も祖語を同じくすると考える。

 このように西南諸島にセリカの遺称が多く残ることは、

 ここが絹取扱い商船の寄港地として

 重要であったとことを物語っている。

 まるで、セリカの南にあるという伝説の島、

 グルビ島とアルジレ島のようである。

 『参考』

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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部



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 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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セリカ名の由来と遺称(1)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:563頁

 第十章 天毒とセリカ

 セリカ名の由来と遺称(1)

  ラテン語 sērika(ca) は絹製品の総称と考えられるが、

 絹をなぜセリカというのだろうか。

 その産地である中国では「絹」は juán 、絲綢 si-chóu など

 絹糸を表わす絲は si でその語源を漢語に求めても無く、

 最近は中国語は求めることを止め、

 朝鮮語の sir やモンゴル語に求めた見解などが出ている。

 モンゴル語に求めるのは時代の隔たりから無理であり、

 朝鮮語とするのは後述するように移入であり、

 祖語となるものではない。

  本当のところ、

 セリカはサンスクリット語の śailika の音写である。

 その意味は「石」で śaila (石、石よりなる) と同義である。

  Śaila は第六章月氏と秦氏において

 広島県の郡名「世羅」として紹介した。

  Śailika は

 繭を「石」と比喩的に形容した名称であり、

 インド商人が通称としたことに始まったものと考える。

 上質の繭は固く、手で潰そうとしてもなかなかへこまない。

 石のような感覚がし、しかも重い。

 『参考』

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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
 
  
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 ハラフ期の土器について
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 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2014年4月1日火曜日

絹の産地セリカ(5)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:562頁

 第十章 天毒とセリカ

 絹の産地セリカ(5)

 シナイはティナイ Thinae を都としていると

 伝えられている。

 この地名は前漢の時代雲南省にあった

 滇国(Dian)名に由来すると見られる。

 また、

 セリカは書経「禹貢」 などで見た東シナ海に面した

 兗州から揚州までの絹の産地を謂ったものと考えられる。

 しかし、紀元2世紀の前半においては、

 東方の地理について詳しい情報は西方へ伝わっておらず、

 その陸地の様子が不明であったことを

 プトレマイオスの世界地図は示している。

  この時期紀元1、2世紀には、

 海路を通じて大量の絹製品が

 東方からインドを経由して西方ローマへ運搬されていた。

 東方での 担い手はインドの商人が中心であり、

 漢の商人も一部参加していたことが

 漢書「地理志」に依って窺われる。

 そして、

 絹の主な取引地域が東シナ海沿岸であったかもしれないが、

 彼等の交易網が韓半島、

 九州にも広がっていたと考えられるのが

 「三国志魏書倭人伝」などの史書で確認される

 絹の産地の広がりである。

 そればかるではない。

 沖縄などの島々は

 商船の停泊地としての役目を果たしていたと

 見られるのである。

 《Key Word》

 プトレマイオス世界地図

 『参考』

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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
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 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 

絹の産地セリカ(4)


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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:561頁

 第十章 天毒とセリカ

 絹の産地セリカ(4)

  セリカ名は、

 ローマ時代の地理学者が絹に係わるインドより

 東方(オリエント)の用語として記述している。

 ラテン語 sērica は「絹地、絹織物」を表わす。

 英語の silk の原語では日本語にシルクとして知られる。

 また同類の Sēr,Seris, Sēres も絹の産地に

 係わる用語として知られる。

 紀元140年頃作成されたプトレマイオスの世界地図は

 インド亜大陸、セイロン島(Taprobana)、ビルマ地域、

 マレー半島、インドシナ半島からトンキン湾辺りまでから

 推察されるような構図となっている。

 トンキン湾の北方シナイ(Sinae)名、

 そしてその上方(北方)にセリカ serica 名がつけられている。

 《Key Word》

 プトレマイオス世界地図

 『参考』

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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
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 ハラフ期の土器について
 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
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