2013年12月6日金曜日

月氏とシルクロード(1)大月氏国の成立-4


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:349頁

 大月氏国にもたらされた絹が

 さらに西方に輸出されたことは間違いない。

 東方の漢にとって大月氏は「玉の民族」であり、

 西方の国にとっては「絹の民族」という見方もここでは成り立つ。

 地中海沿岸のフェニキアは古来織物産業の活発な土地であり、

 ヘブライの地でもそのような技術を修得しており、

 メディアなどに移動させられてから六百年を過ごした後とはいえ、

 日常の衣服を生産するなどして技術を保持していた

 技工たちはいたに違いない。

 彼等が絹の専門技術者あるいは商人として成長したと考えられる。

 というのも、五翕候の内、言及していない三翕候名は

 サンスクリット語で解釈すると養蚕業に係わる名称であるからである。

 当時インドの言葉は仏教の伝播などと共に

 この地方へも広がっていたから不自然ではない。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 神社のルーツ

 鳥居のルーツ 

月氏とシルクロード(1)大月氏国の成立-3

 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:348頁

  紀元前六五年には五王国に分裂されたことが中国の史料にみられる。

 『漢書』によると、その五王国は

 ①休蜜翕候(きゅうみつきゅうこう)

 ②雙靡翕候(そうひきゅうこう)

 ③貴霜翕候(きしゃんきゅうこう)

 ④肦頭翕候(はんとうきゅうこう)

 ⑤高附翕候(こうふきゅうこう)

 である。

 翕候は王のような職位を表す。

 そのうちの高附は喀布爾(かふじ)とも表記された

 現在のアフガニスタンのカブールであり、

 貴霜はタリム盆地の南西、ギリシャ語でクスターナといわれた、

 現在の和田(ホータン)である于闐(うてん)の地であり、

 後に貴霜は他の王国を統一してインド亜大陸へも勢力を伸張し、

 仏教の擁護者カニシカ王を誕むこととなる。

  この于闐の地は古来玉石の産地として繁栄したのであるが、

 クシャン国もその天恵に浴した。

 玉は角閃石の一種で同地には白玉河、緑玉河、黒玉河があって

 産量の豊富であったことを示している。

 玉石は中国において殷の時代より圭(けい)、璋(しょう)、璧(へき)と

 王権の権威を象徴するのに用いられ尊重された。

 漢の時代になってもその需要は高く、大量に輸出されたらしい。

 その状況は唐宋の時代まで続く。

 その見返りとして漢からは絹が輸出された。

 このことからシルクロード(これは現代の銘名)は

 確立されることになったのである。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 神社のルーツ

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2013年12月5日木曜日

月氏とシルクロード(1)大月氏国の成立-2


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:347頁

 彼(アレキサンダー大王)が紀元前三二三年に突然死去すると、

 帝国は分裂し、この地方はセレウコスの王朝となるが、

 その勢いが衰え、この地方にはバクトリア国が、

 大王に率いられて渡来し残留していたギリシャ人たちによって独立成立した。

 ヘレニズムの東端の国といわれている。

 同国も北方のスキタイ人などの圧力に押されて

 次第にヒンズークシ山脈の南へ内部分裂と紛争を繰り返しながら移っていく。

 この北方からの勢力の中に月氏の勢力もあったといわれ、

 その間に覇権をまとめ上げたのが大月氏国であった。

 ソグディアナが彼等の故地であったとすれば、帰還ということになる。

  紀元前一四〇年頃からの支配体制についての詳細はよく解らないが、

 その首都が中国名、藍氏(jian-ti)城で、バクトリアの域内にあったとされる。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

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月氏とシルクロード(1)大月氏国の成立-1

 
 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:346頁

  紀元前一七七年頃、匈奴の冒頓単于(ぼくとうぜんう)に敗れた

 月氏は紀元前一七六年には

 一部は安定に残留した(小月氏)ものの他の部族は西遷を始めた。

 彼等は天山北方のイリ(伊犂) に弓月城を築いて一時滞在したが、

 さらに西方に移動し、張騫の派遣された一三九年までには

 西トハリスタン、ソグディアナ、バクトリアに地歩を固め、

 一四〇年には大月氏国を成立させたとみられている。

 移動したものを小月氏という。

 これにより以前

 マケドニアのアレキサンダー大王が東方への大遠征を行い、

 バクトリア、ソグディアナまで到着し、

 三二五年頃インダス河を下ってアラビア海へ出て

 ペルシャのペルセポリスまで引上げた。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 
 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

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 鳥居のルーツ 

イスラエルと月氏(2)メディアから安定へ-7

 
 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:345頁

 堯帝により和氏の一部が移転させられた理由により

 そこの住民を和氏と称したのである。

 第九章中国の祝祭と皇帝で述べる

 和氏が米作りと養蚕業に優れていたとすると、

 月氏は彼等より絹についての知識・情報を得たのである。

 月氏が絹商人へと変化していくきっかけである。

 敦煌の北方、新彊区内に哈蜜市がある。

 この町は和氏が建てた町と考えられる。

 雲南省の少数民族に哈尼(はに)族がいる。

 彼等は古くは

 「和夷(ほい)」「和蜜(ほまん)」「和泥(ほに)」などとも呼ばれ、

 史記に載る和氏の一族と考えられる。

 哈尼族ばかりでないが、雲南の民族は紡織・織布に優れ、

 色彩豊かで個性的な織物は歌垣(かがい)という祭礼で

 人々が着る衣裳のすばらしさでよく知られている。

 手工業は農閑期の母親に手ほどきを受けて伝統の継承者となる。

 彼等の祖先はもっと北方の四川省方面にいた人々と考えられている。

 四川省は蚕(蜀)で古来栄えた地方である。 

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 ハラフ期の土器について

 アルパチア遺跡出土の碗形土器

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

 ARPACHIYAH 1976

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2013年12月4日水曜日

イスラエルと月氏(2)メディアから安定へ-6

 
 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:344頁

  「失われた十支族」といわれるヘブライ人がこの地方にいたと

 指摘できる資料がヘブライの資料にもある。

 それは旧約聖書にもその名前のある

 「エズラ第四書」というヘブライ語の資料である。

 そこにアルザレ Arzare という地方名が

 「彼等が最後まで住んだ」地として記されている。

 そこは、

 ユーフラテス川を越えて一年半の長い道のりを要するところだといっている。

 アルザレは、安定あるいは安価の訓音に近い。

 また、博罗轉井の南西方に五七九八メートルの高さの

 阿尓金山及びその名称の山脈があるが、

 これは、ウィグル語の「黄金」を表す altun を

 漢語化した名称とみられるが、「アルタン」もまたアルザレに近似する。

 しかもアルザレ、アルタンはセム語(アッカド語)の同じく「黄金」を意味する

 hurasu を祖語とするとみられるものである。

  和氏については事情がある。

 月氏が渡来する以前、ここは和氏の郷であった。
 
 『史記』五帝本紀堯帝の

 「和仲に命じて、西土に居らしむ。昧谷(まいこく)と曰ふ。

  敬(つつし)みて日の入るを導(みちび)き、西戎を便程す」

 とあることと係わるからである。

 和仲は和氏の次子の意味で、西土は三危(さんき)とも呼ばれた。

 同じ堯帝条に

 「三苗を三危に遷(うつ)し、以って西戎に変じ」とあり、

 三危は現在敦煌の東仏教の岩窟で有名な莫高窟のある三危山にその名を遺す。

 西土は西戎の地である。

 和氏はまた夏氏であり、

 月氏が西遷して移り住んだ地を

 大夏(バクトリア)というのはこれに依るものである。

 夏は史記にも「夏本紀」があるが、殷より古い王朝とも考えられる。

 以前には空想の王国とされていたが、

 最近は考古学的資料が夏の実在を証明するようになり、

 今では中国の最初期の王朝名として認められるようになっている。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
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イスラエルと月氏(2)メディアから安定へ-5

 
 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 旧約聖書「創世記」:牛角と祝祭・その民族系譜:343頁

 第六章 イスラエル人と月氏:イスラエルと月氏(2)メディアから安定へ-5

 カザフ名はこの地方で付けられるたものである。

 カザフ Kazakh は本来どのような意味なのか。

 その意味は「牧夫」と推測される。

 シュメル語の kuś (牧夫) も思い出すが、阿克塞 Ahesak を oxas 、

 ドイツ語の Ochs (牡牛) とするのは間違いない。

 中国史料が月氏を牛氏といった。

 哈薩克 Hasake (Kazakh) は、

 ドイツ語の Hächer (捕史) 動詞形 haschee (捕らえる)か、

 hashie ren (肉を刻む) Haschee (刻み肉) に対応すると考えられる。

 前者は牧夫を想起させ、後者は第四章中の「ゲルマン」で論じた

 ゲルマン人の故郷西イランの Kāshān の名称、

 ユダヤ教の教義に適っているとの意義である

 「清浄」を表す kosher と関係する。 

 hasake (ドイツ語の Hasche) は

 レビ記の

 「燔祭の獣の皮を剥ぎ、節々に切り分けなければならない」に

 対応するよう用語で祝祭を行うものたちの意味となる。

 祝(ハフリ)の原郷、現在のシリア東部ハブール川の上流にある

 エル・ハサカ El.Hazeke にも表されている。

  阿克塞哈薩克族とは「牛飼い族」あるいは「牛祝・祭族」となる。

 カザフは牧夫の意味に相当する。

 パリサイ(博罗轉井)名とこの族名を考慮すれば

 月氏(ヘブライ人)の影響があったことによると考えてもよいと思われる。

 禺氏も牡牛を表す gu によるものであろう。

 周辺には、大革、長革のつく地名があり、

 牧畜に適した高原であることを印象づけている。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur

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