2013年10月3日木曜日

グルジア-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:249頁

 第四章 グルジア-5

 また、第三のスヴァン人はヴァン湖、セヴァン湖方面にいた人々である。

 グルジア語で svam は「飲み込む」であるが、

 sevan 湖はその用語に従ったもので、van 湖はその北に sevan 山が

 あるとおり svam に係わる名称である。

 これはウルミア湖も同じであるが、両湖とも湖から流れ出す川はなく、

 湛えられた水はすべて地下に吸い込まれてしまう。

 以上の三民族の名称においても

 彼等が南方から移動して来たことを理解させる。

 トルコ領のアルダハン Ardahan 中心に

 イスラム教化したカルトイベリ人が住んでいるが、

 この町の名はウラルトゥ時代のハブリウリの町

 ムサシルのウラルトゥ語名アルダーニと同じであり、

 その両方には、その転訛 Artin 名の町もある。

  グルジア人の氏名の大きな特徴は

 「シュワル(十字)」

 「シュヴェリ(息子)」

 「シュビリ・アシュリ(娘)」

 「シュヴィリ(子供)」

 が付されていることで、

 スバルやその別称とされたシュバリと極めて親密である。

 二十世紀のソ連の政治家スターリンは同国ゴリ市の出身で、

 グルジア名をシュガシュヴェリといった。

 ゴルバチョフ首相の下で欧米諸国との間の冷戦を終局させた

 外相シュワルナーゼもグルジアの出身で、

 ソ連解体後帰国して大統領の職席に就いた。

 首都トビリシ市内にはゲオルゲシェヴェリ通りがある。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

グルジア-4


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:248頁

 第四章 グルジア-4

  さて、khardhveli の名称はこれまで確認を繰り返してきたとおり

 「牛角崇拝者」を意味する。

 彼等の人種的性格は地中海人種に属する。

 彼等は、このコーカサスの山塊地方に太古から居住していたのではなく、

 南方から紀元前の遅い時期に北メソポタミア、ハブール地方から

 ユーフラテス川の上流であるムラット川を越えてアチャーラ方面へ、

 また、ウラルトゥのハブリウリから大ザブ川を遡し、

 ヴァン湖、セヴァン湖方面から首都トビリシ方面へと移動した

 スバル(カルト)人達なのである。

 三つの主要民族名のうちカルト人はウラルトゥで

 ハルディア人と呼ばれた者達でもあり、フルリ人の後裔といってよいであろう。

 シングレル人は別称イメレディ ymerdhi であるが、
 
 この語は神を意味するばかりでなく「像」の意味を持っている。

 スラブ語に入って「偶像」を表す komhr となるが、

 彼等こそ紀元前三千年頃北シリアのハブール川沿いの遺跡

 テル・ブラク で「眼の神殿」を建設し、「メ」を神として崇め

 眼の偶像を奉納した人々の後裔と考えられる。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
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 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 コーカサス山脈

 トビリシ

2013年10月2日水曜日

グルジア-2


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:246頁

 第四章 グルジア-2

  この地域は鉱物資源の宝庫である。

 金銀銅が産出するほか、特に鉄によく似た金属マンガン鉱が

 チアツラ市近郊から産出する。

 マンガンは鉄より軟らかく、鉄、銅などの合金として使用され、

 現在においては高度マンガン鋼は硬度が高く特殊レールなど

 耐磨耗部品に使われている。

 ただし、この地方のマンガン鉱が

 古代においてどのくらい利用されたかについては史料がまだない。

  西部グルジアには紀元前にグルジア語で

 エグリシ Egrisi と呼ぶコルキス国があった。

 ギリシャのアルゴナウティズ(アルゴ丸の船乗りたち)神話に名高い

 金羊皮を守っていた国である。

 Egri- はギリシャ語表記の αιγλι で山羊のことである。

 エーゲ海文化(クレタ文化)の古層に係わる名称である。

 コルキス Χολχιζ はギリシャ用語で、

 その祖語は青銅を直接的には意味するが、

 銅あるいは一般的な金属品をも意味する Χαλκοζ と考えられる。 

 
 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
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 《Key Word》

グルジア-1


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:245頁

 第四章 グルジア-1

  コーカサスの山塊にグルジアの国名による国が統一されたのは

 紀元後十世紀後半のことである。

 それ以前には長い間イベリア国が存続した。

 建国は紀元前六-四世紀のことと伝えられる。

  イベリア Iberia は

 ギリシャ語に始まりラテン語(ローマ時代)に引継がれた呼称である。

 現在のグルジア Gruzia 国では

 自分たちの国名をサカルトベロ Sakhardhvelo と称する。

 Sa- は「~の」を表す接頭語で、Khardhveli がグルジア国人を意味する。

 グルジア国民を構成する民族は六民族であるが、

 主体的な民族はカルト人、ミングレル人、スヴァン人で、

 彼等を総じて一般にはカルトベリ人と呼ぶ。

 イベリアはこの -hveli に基づく呼称である。

  グルジア国 Gruzia (英語名 Georgia)はコーカサスの外・内両山脈間の

 山塊地から黒海沿岸にわたる国であるが、

 歴史的には現在のトルコ領の東北地方を領していたことがあり、

 エルジカン市の西方にサカルタン峠の地名が残っているので、

 その辺まで領土が伸びていた。

 現在もその地域にはカルトベリ人が居住しているのである。

 

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿 


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
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2013年10月1日火曜日

ウラルトゥ-7


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:244頁

 第四章 ウラルトゥ-7

 紀元前六一二年に

 さすがに強盛を誉ったアッシリアも

 南方バビロニアのカルディア人の圧力や

 東方ザクロス山脈のメディアの支配すると、

 ウラルトゥの地はメディアの支配するところとなった。

 チグリス川を挟んだ峡谷の地シュブリアも

 いつしかその名称が消えていってしまった。

 その後には

 インド・ヨーロッパ系のアルメリア人が国を誕生させることとなる。

 カルト人は、また北方へ向かって移動を進めたと思われる。

  ハルディ語ともいわれたウラルトゥが

 フルリ人の言語を母体にしていたことを述べたが、

 現在のグルジア語と関連があり、双方とも膠着語の特質を持っている。

  先に述べたが、ハルディは khardi であることを再確認しておきたい。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 《Key Word》

 カルディア人
 カルデア(Chaldea, Chaldæa、ギリシア語の Χαλδαία, Chaldaia

 アルメリア人

ウラルトゥ-6


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:243頁

 第四章 ウラルトゥ-6

 独英語で祭壇を表す Altar とも訓音は近い。

 碑文書には神殿の呼称として「ハルディの門」が一般的に使われており、

 門は旧約聖書の創世記第二八章のヤコブの旅の段に語られる

 「神の家」「天の門」の概念とも一致する。

 また、スシとも称されたが、

 これはグルジア語の shesavali(入口)  zis-kari(天-門)と関連があろう。

 このように考えると、

 Urartu は「ウルの祭壇」で「ウルの神殿」と解釈することができる。

  ウラルトゥ国はアッシリアの侵略を受けたが、

 そのセンターが山塊に位置し、冬の寒冷及び降雪に助けられ

 国体が何とか保たれていた。

 スキタイ人の一派とされる

 キンメリア人が北方より侵入してきてからは国威が衰え、

 彼らによって

 セヴァン湖方面のティシェバイニ市が陥されると崩壊の一途を辿った。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


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 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
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 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 スキタイ人
 スキタイ(Scythae, Skythai, 希: Σκύθαι)

 キンメリア人
 キンメリア人(キンメリアじん、英語: Cimmerians, Kimmerians, 古典ギリシア語: Κιμμέριοι)

ウラルトゥ-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:242頁

 第四章 ウラルトゥ-5

  ウラルトゥ Urartu の名称は新アッシリアの

 サルマナッサル三世の宮殿跡を「バラクトの丘」で発掘した際

 見つかった粘土板の楔形文字史料のなかで、

 「アッシリアに敵対する国」として言及されたのを初出とする。

 因ってその呼称はアッシリア名であることが知られる。

 彼等自身は、

 その地方をウラルトゥ語でビィアイニリと呼んでいた。

 Urartu の字義については諸説あるが、

 ハブールのウリにハルディ神の主神殿があったことと、

 その所をアルディニと呼んだことを考慮すると

 「ウル Ur の artu」と解釈することができる。

 Artu と ardi(-ni) は同根語と考えられるし、

 南メソポタミアの都市名エリドゥ Eridu と近似している。

 エリドゥ市名の検討に当たってサンスクリット語の

 「登ること」の ā-rudhi などを参照したが、

 塔を備えた神殿が多く建造されたことを考え合わせると、

 高床式神殿の「高み」と係わりがある。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

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