2012年9月7日金曜日

ウバイド人が間違いなく周代の中国に居た完全立証


 
 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:23頁

 《ウバイド人が間違いなく周代の中国に居た完全立証
 「ウバイド人が間違いなく周代の中国に居た完全立証

 しかしこれで、周人ウバイド人を知っていたこと、

 それはわざと倭人と書いているが、

 その実体は殷人と同じ人々だったことが確認でき、

 間違いなく周代の中国に居たことが完全に立証されたのである。

 その記録が『論衝』という後世の文書にしか載っていないことで、

 頭からデタラメだときめつけて、

 それが知性ある行為だと錯覚している自称評論家などもいるが、

 そんな連中が人類の進歩を妨げる敵だということは、

 この例でよくお判りになったと思う。

 そんな連中が懐疑派などと呼ばれてインテリだとされた時代も確かにあったが、

 私たちはすでに、ずっと高い知性をもった時代に生きているのである。

 では周朝が倭人と呼んだ人々は、その後どうなったのか?…。

 それが殷入と同じ人たちだと判ると、殷の最後の皇帝・紂王が滅ぼされたあと、

 その兄の箕子(きし)が朝鮮半島に移って今の平壌に都・王険をつくり、

 箕子朝鮮をたてたが、

 その子孫の準王は、B.C.E.3世紀に、

 難民の衛満に騙されて朝鮮を奪われ

 海を渡って韓地へ逃げたことを本講でも検討した。

 朝鮮の位置と範囲は時代によって、いろいろ変動はあったが、

 その位置は今の半島以外ではありえない。

 すると、そこから海を渡って逃げ込める韓地とは、

 どこのことだったか迷うような問題ではなかったのだった。


 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
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2012年9月6日木曜日

「周」の記録に残っていたウバイド人



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:22頁

 《「周」の記録に残っていたウバイド人
 「「周」の記録に残っていたウバイド人

 もう少し考えてみると、

 ウバイド時代には、アンが天の王という意味をもっていたから、

 なにもテンノウという名を作る必要はない。

 インドには天を「テン」と発音する言葉はないから、それ以後である。

 では天を「テン」と発音する言葉はどこのものか?といえば

 中国のものだと判っている。

 そして今みたように、天王に先だって「天子」という名が生れている。

 それらが皆、ウバイド・スメル人の子孫が、

 ウバイド語をもとに作ったことも検討ずみであるから、

 中国を経由して日本列島へ来たこともまちがいない。

 するとそれはいっか?。

 ここで後漢の王充が撰した『論衡(ろんこう)』

 「倭人が、周の帝に鬯草(ちょうそう)を貢いだ」

 という記録が引いてあるのが活きてくる。

 (私(加治木義博)著『焼酎入門』昭和57年、カラーブックス・P.98「焼酎文化史」)。

 これを私(加治木義博)が言うように「ウバイドが鬯草を貢いだ」と読む人には、

 その時期が周時代だったことが明瞭にわかる。

 すると、その周とは、殷を倒した次の王朝で、

 ウバイドの敵だったことがわかる。

 ということは、この「倭人」とは、殷人だった可能性もある、

 いずれにしてもウバイド人のことで、

 それが貴重な貢ぎ物をしたぞ!と、

 周が権勢を誇るために残した記録だったことがわかる。

 在来の学者は、こんな真相があるとは想像すらできずに、

 この倭人を東南アジヤ人ぐらいに考え、記事そのものがウソだろうとしていた。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
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2012年9月5日水曜日

『天皇』の名は我が国で生まれた敬称代名詞



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP
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 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:21頁

 《天皇制は、いつ?、どこで?・生まれたか?》18頁欠落
 「天皇制は、いつ?、どこで?・生まれたか?」18頁欠落
 《天皇制は「ウバイド期生まれ」という証拠群》19頁欠落
 「天皇制は「ウバイド期生まれ」という証拠群」19頁欠落

 《『天皇』の名は我が国で生まれた敬称代名詞
 「『天皇』の名は我が国で生まれた敬称代名詞

 こうしたことを、なお非難し、認めようとしない連中が挙げるであろう反対の声は、

 天子も天王も天皇も中国の言語であり、文字だという事実であろう。

 しかし、この事実は私たちには味方であって敵ではない。

 なぜなら中国文字の起源こそ、

 ウバイドの農耕文明がもたらした余暇の産物である文字が、

 ウバイド→インダス→稲敷→殷と伝わって発展させた文化だからであり、

 それらを多用した隋や唐の皇帝たちも、

 気候に恵まれた日本列島で高度の農耕文明の恩恵を受けた人々が、

 人口の増加で溢れ出て、

 新天地を求めて移動して行って築いた、

 倭人国家群のうちの1つの子孫だった事実が、

 すでに確認されているからである。

 この事実は、四神や五彩圏の色の名が、中国起源のものではなく、

 ギリシャで生まれて、今なお生きて使われている方位名であり、

 日本語でもそれが読解できる事実が、

 そのルートが

 ギリシャ→日本→中国であることを明示していて、逆に考えることはできない。

 いま私たちが知った『天皇制ウバイド誕生』の事実は、これをさらに補強するからである。

 なぜなら「天皇」という、

 固有代名詞中でも極端に限られた用途の敬称代名詞は、

 他の物品の名のように転々と拡がって使用される名詞ではない。

 だから道教が用いた「天皇大帝」の名は、

 四神や五彩圏などと同様、

 我が国の固有文化が中国で開花した証拠なのである。

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2012年9月4日火曜日

『天皇制』の誕生と神託としての『日本書紀』


 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP
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 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:18頁

 《『天皇制』の誕生と神託としての『日本書紀』
 「『天皇制』の誕生と神託としての『日本書紀』

 ヒトラーが悪用したそれは自滅だけで済まず、

 行きずりに婦人や子供を殺傷する犯人どころではない劇甚な被害を、

 日本人全部に、ひいては人類全体に及ぼすからである。

 時代遅れの「単一民族説」で国民が団結することなど、

 未開な明治大正時代でも有り得なかった。

 ましてや国民の知性が、格段に高まっている現代や近未来に、

 そんな妄説で国民を支配できるという妄想が、人類社会に良い実を結ぶわけがない。

 その必然的な結末は、血まみれの地獄図そのままの暴力団の末路や、

 地獄図にも見られないほど無残な、第二次大戦が現出したような大惨劇こ終わる。

 私たちの先祖は、こうした悲惨事を避けるために、政権は天皇家のみに属し、

 武力では得られないものとする『法』を練り、国民はそれを了承して、

 永遠に平和と繁栄を築く事を堅く誓い合った。これが『天皇制』なのである。

 それは暴力によって国民を奴隷とした西欧の覇権とは180度異なる「母と子の契約」だった。

 それなのに天智天皇の『日本書紀』は、

 神武天皇を武力による覇者として描いていることに最大の注意が要る。

 それは天智天皇自身が起こした大化改新事件の弁解と、未来への警告。

 それが現実になる末世を予言し、そうした事態を招く武装国家の愚と、

 それを招いた唐の罪とを暴いて見せた。

 「政治学の教科書」であり「神託」でもあったと言うのである。

 『参考』
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2012年9月3日月曜日

八千年の雄大な歴史をドブに棄てた天智天皇



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:17頁

 《八千年の雄大な歴史をドブに棄てた天智天皇
 「八千年の雄大な歴史をドブに棄てた天智天皇

 しかし天智朝は短命で終わり、大津京政権も天武天皇に滅ぼされてしまった。

 この大津京の読み方も正しくは、やはりウツノミヤで、

 「倭津京(ウツノミヤ)=首都」を意味する代名詞だったのを、

 倭の字がウワイを意味するのを嫌い、

 発音と文字を変えたことから生まれた歴史遺物である。

 天智天皇がウバイドを嫌って、ギリシャ名のシラキウスを選んだことと、

 それが弘文天皇政権消滅で日本列島から消え、朝鮮半島に新羅として残ったのは、

 その時まで『五彩圏帝国』が実在していたことを明確に裏書きしていることを、

 ここで再確認しておく必要がある。

 在来の明治型島国根性史学がネジ曲げた、戦前の皇国史観が、こ

 んなところで発生したことも、絶対に見落してはならない。

 なぜならその時、我が国はウバイドに発する西暦紀元前六千年以来の、

 棒大な歴史をドブに棄てて、

 わずか千年足らずの神武紀元しかもたない東海の小島の土人国だとする

 『日本書紀』を作ったからなのである。

 だからそれを盲信し宣伝する「日本人単一民族説」主張者は、

 単なる愚者にとどまらない。

 このことが理解できない弱い頭の持ち主は、

 「日本人単一民族説」を信じていることで日本人全体を侮辱し、

 世界の人々に日本人を嫌悪させ、

 深刻な日本人蔑視を生み出し助長し続けている絶対に許すことのできない

 「全日本人の敵」なのだ、ということもまた、よくお判りのはずである。

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2012年9月2日日曜日

大化改新が遺した汚物=日本列島土人単一民族説



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:16頁

 《大化改新が遺した汚物=日本列島土人単一民族説
 「大化改新が遺した汚物=日本列島土人単一民族説

 『日本書紀』が書く大化改新像は、真実とは程遠い。

 それは当然のことで、唐の脅威に対抗するために決行した改新を、

 その唐に読ませるために編纂した『日本書紀』に、

 ありのままに書いたのでは、

 何のための改新か、何のための編纂か、判らないだけでなく、

 反って唐を刺激して、とんでもない逆効果しかもたらさないからである。

 『日本書紀』は、ここまで読まなければ史実は読み取れない。

 そして、その『日本書紀』に反発して、

 それを批判し非難するために書かれた『古事記』を、

 『日本書紀』と同列に『正史』として扱ったのでは、

 まともな結論は出ようがないことも判りきっている。

 この点だけみても過去の国史学が、

 どれくらい「いい加減なもの」だったか、幼児にでもわかる。

 『日本史』は、建国史だけでなく、この大化改新に至るまで、

 これから正しく分析し直して、

 新しく解説を書き改めなくてはならない、処女的文献なのである。

 蛇足だとは思うが、その理由をも少しご説明すると、

 例えば天智天皇の実行した改新は、非常に徹底していた。

 それまで聖徳太子の舘を上(うえ)の宮などと呼んできた

 「上(うえ)」の発音を総て「カミ」と、

 「神」に変えて仏教色を取り除き、仏に仕えるウバイドではなく、

 神に仕え「上(かみ)」に変えてしまった。

 今も天皇を「お上(おかみ)」と呼ぶのは、これに始まる。



 『参考』
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2012年9月1日土曜日

繰返した侵略の脅威と緊急避難だった男帝武装国家化



 『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録32:15頁

 《繰返した侵略の脅威と緊急避難だった男帝武装国家化

 「繰返した侵略の脅威と緊急避難だった男帝武装国家化

 天智天皇の大化改新とは何だったのか?

 慈悲と平和を理想としたウバイド哲学は退けられて、

 その最大の後継者だった仏教と、

 その象徴だった優婆畏(うばい)=女王政権は排除され、

 新羅=神羅=神国(シンラ)として、全てが一新されてしまった。

 かつて位宮と壹與(第2の神功皇后)が邪馬壹国を建国したシーラバッガ革新

 (これが壹與を『三国史記』が新羅始祖王・赫居世(カグイヨ)=鹿児壹與(カグイヨ)だとする

  理由である)を、

 さらに徹底させたものだったのである。

 同じ論争は履中天皇と皇后の間でも起こり、

 その争いが伊弉諾・伊弉冉2尊の争いとして神託化され、

 3つを一括して教義化したものが、

 従来『神話』と誤信されてきたものの正体であり、

 『記・紀』が天皇初め為政者たちの、

 政治哲学と行政の教科書なのだということも、

 これで深くご理解戴けるはずである。

 隼人という名がウバイドから連綿と続いた帝国の首都名として

 使われていたのは当然のことで、

 それは本来、優姿畏人(うばいど)を意味し、

 倭人(ウワイト)とは

 それへの漢魏音と和音を使った倭人が当てた当て字だったのである。

 これらの史実の最大の核心は、

 天智天皇の行為が「革命」ではなかった事実である。

 彼は唐による侵略を最も恐れ、

 それを防ぐには武装以外ないことを熟知していた。

 かつて位宮・垂仁天皇が直面した魏による侵略の危機と

 全く同じ国難に直面して取った、

 やむを得ぬ緊急非難だったのである。

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