ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2012年2月6日月曜日
『名乗り』がもつ史実の証拠力と、その徹底活用
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:8頁
『名乗り』がもつ史実の証拠力と、その徹底活用
言語復原史学の基礎になった史実は、
『記・紀』その他の文献に残された天皇を始めとする名は、
ほとんど全部が『名乗り』であるという事実の発見に大きく助けられて、
次の謎を解明することができた。
伊耶那岐・伊耶那美という夫妻の名を、
実在者の『名乗り』として見ると、何が証拠になるか?。
それは『名乗り』の構造が、地名と官位という2要素でできており、
その地名が古代の命名当時のまま残って存在していれば、
その事実が不動の証拠になる。
「イザナキ」を分解してみると「イザ」は領地名、
「ナ」は助詞の「ノ」に当たるもの。
「キ・ミ」は「王と女王」を意味する官位。
「命・尊」は死後に追贈した尊称である。
王と女王という名乗りを残すぐらいだから、
必ず領地がなければならない。
その「イザ」に当たる土地がどこだったかで、
その実在が追認できるのである。
この間題もすでに度々、お話ししてきたが、
実はそれらはその時の主題をお話しするための、
必要事項としてお話ししたので、
その話題の当事者の領地に限られてしまい、
イザナギ・イザナミという名乗りを主題にしたものではなかった。
だが、それでもすでにイザナギ・イザナミがただ2人きりの夫妻ではなく、
時代を異にした幾組もの夫妻の存在をご覧にいれた。
今回は、それをさらに入念に補強して、
疑念を残させない徹底した実在証明にしてご覧に入れる。
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2012年2月5日日曜日
神話でなく『史実』だという立証と定義を提示する
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:7頁
神話でなく『史実』だという立証と定義を提示する
これを是正し、神社を本来のものに戻し、
全人類の納得のいく礼拝対象に戻すのが、
神話が史実だったことを突き止めた
私たち本学会員の使命だと思うのだが如何であろうか…。
史実によって実在が確認できた私たちの祖先は、
どこからの渡来人であろうが、
宣長のように唾棄したり軽蔑したりすることは許せない。
彼等はそれなりに努力して今日の日本国の基礎を築いてくれた人たちなのである。
だからこそ、その子孫の古人たちは移動して行った先々に、
その神社を建てて祭った。
それを20世紀の愚かな子孫が悪用したからといって、
祖先を怪物扱いさせたまま葬り去ることなど絶対にできない。
これが私(加治木義博)の考えである。
しかしそれを世界の人々に理解してもらうには、
充分な証拠を呈示しなければならないが、
それにはどんな証拠があるのであろうか?。
まず神話でなく史実だということを立証し、
定義することから始める必要があるが、
その代表例をご覧にいれよう。
これをご参考に会員ご自身で探求して、
この一大イベントを成功にお導きいただきたい。
私(加治木義博)は
神話とされた代表者の伊耶那岐・伊耶那美(伊弉諾尊・伊弉冉尊)2尊を、
これまでご説明してきたものとは全く別の視点からみても、
史実であることは疑いないという証拠群から、
ご覧にいれることにする。
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2012年2月4日土曜日
近未来への危惧と神社の命運
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:6頁
近未来への危惧と神社の命運
これを迂闊にも認識できずに、逆撫でして参拝を強行、
その都度、世界の冷たい眼を集め、
ヒトラーなみの天敵の亡霊が今、日本を支配していると、
北の隣国なみに日本を蔑視して、決して心を許さないのが、
残念ながら我が国を見る世界世論なのである。
神話という偽物が、いっまでも払拭されずにいるために、
私たちが現実に被り、また近未来にそれがひきおこす恐るべき大被害は、
ロマンどころの騒ぎではないと思うのだが、間違いであろうか…。
それ以上に大きな国内の現実問題がある。
神社がそんな明治以前の史学に支えられているのなら、
その神話が唱えたと教えられた神州絶対不敗が、
明白な惨敗に終わったことを知る人々には、
今さら武運長久を祈るわけでもないし、
何のためにわざわざ参拝するのか?疑問であり、
外人はもちろん、日本人でも神社を見向きもしなくなるのが当然である。
問題はここにある。
神社が事実、本居らが教えた通りの神話の神々のものなら、
その衰微も当然の結末で、どうしようもないが、
私たちが追及して突き止めた通り、
『史実』に基づいて建てられたものだったとすれば、
それは冤罪に苦しむ無実の人と同じで、その祭神たちには、
これ以上、気の毒な話はない。
だが今余命を保っているのは戦国時代前後に
ヒンドゥから輸入してドンチャカ騒ぎをやる、
商売人神主のいる神社だけというのでは、
その神社の祭神は赤面して参拝者の顔を直視できず、
異教徒に乗っ取られた社に、居た堪(たま)らないと思う。
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2012年2月3日金曜日
『神社』に対する全世界の嫌悪
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:5頁
『神社』に対する全世界の嫌悪
海外の識者は、たとえ宣長といった学者の存在は知らなくても、
『日本神話』がどんなに軍国主義を育てたかは、
おぼろ気ながら感じている。
二千万を超える死者を出し、
全人類に大損害を与えた第二次大戦が、
明治以後の軍国主義・全体主義によることも知っている。
それがヒトラーのナチズムを生み、
ムッソリーニの黒シャツ党を育てたことも知っている。
それらは総て、
自分たちだけが優秀民族であり、
人類を支配する権利を神から受けた選民だという教育を武器にしていた。
そして独裁者は神にも等しい絶対者だと称して、
国民を奴隷以下の戦士として、
他国を侵略、強奪したのが、
過去のどんな天変地異も小さくみえる程の大災害に全人類を落とし入れたことを知っている。
だから我が国の『神話』が、海外の識者たちにどんなに嫌われていても、
当然のことだとしか言いようがない。
海外の人たちの常識では、
その神話がもとになって作られた
『神社』が今なお祭り続けられていることに、
ヒトラーの後継者と称するネオナチ党員に対するより、
さらに強い危惧感と嫌悪をもっていても当然である。
我が国の現状ではそれを責める能力も資格もない。
明治以来の直接被害当事者国が、
靖国神社参拝に激怒するのは当然なのである。
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2012年2月2日木曜日
世界最大の惨禍を生んだ『古事記伝』
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:4頁
世界最大の惨禍を生んだ『古事記伝』
それは日本人の基礎教養の問題であって、すでによくご理解のとおり、
神話は史実であり、無根拠な空想の作品ではない。
それを明治以降、国民動員の口実にして、
神国日本といった絶対不敗の国を捏造した政治盗用サギ犯が、
当時の幼稚な国民教育用に、
「批判を許さない恐るべき神の話だ」として、
『記・紀』を彼等の利権維持用に悪用しただけのものである。
ところがそれが語る史実は、
奈良大和とは遠く離れた琉球や薩南諸島に、
古代の天皇家が実在したことを明確にする。
神武天皇東征もまたその事実を継承している。
本居宣長時代でも琉球は外国だったのだから、
そこからの侵入者が天皇家だというのでは、
天皇は渡来人で本来の日本人ではない。
単純な頭では我々は、
それ以来、占領されっ放しになっているのだということになる。
宣長が卑弥呼を「熊襲の女酋長だ」と断定したのは、
こうした意識下の劣等感を、
筆の力でネジ伏せようとした曲筆の動かぬ証拠なのである。
だから宣長は事実を知っていた。それを私観で曲げてしまった。
我々愚民は絶対不敗を盲信して、
政府のいうがままに困苦欠乏に堪えて軍国主義に協力し、
揚句の果に世界で唯一の原爆被爆国という惨禍の犠牲にされてしまった。
『古事記伝』こそ、
広島・長崎の被爆者たちを生んだ戦犯であることを心から痛感するからこそ、
私たちはその是正に日夜辛苦しているのである。
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2012年2月1日水曜日
史実である証拠は「名乗り地名」の存在
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:3頁
史実である証拠は「名乗り地名」の存在
この講座の「神話ではなく史実だ」というテーマは、
「夢がなくなる」というご意見を頂戴したが、
発掘考古学の現場案内などでも、
常に痛感したことだが、
実に多くの人々が「ロマンを求めて」歴史ファンになっておられる。
ただ問題なのは、在来『日本神話』と呼ばれて、
まるで日本人の「魂のふるさと」でもあるような戦前教育を受けた老人たちが、
大進歩した現在の世界の人々の意識など考えることなく、
「神話は絶対の存在で批判してはならない」と思い込んでいることは、
それが我が国に与える悲劇を予測すると、無視しておけない。
戦前それが私たちに教え込まれた様子は、
いま絶対政治を敷き、批判を許さず、
「生きているのは○○○さまのお陰です」と、政治CMを放映する
隣国の最高指導者がそのまま真似ている通りだった。
それが海外の有識者にどんなふうに映るかは、
私たちが隣国のアナウンサーの映像を見て感じる嫌悪感と同じものである。
ところが皇室が同じ扱いをうけることによって
国民は○○○様への嫌悪感と同じものを感じる。
神話に感じるロマンが、これら非人道的古風の遺物でもあることは、
虐殺魔に過ぎない秀吉や家康を未だに英雄視する人々には
認識できなくても仕方がないが、
私は積極的に是正したいからこの講座に生命を賭けているのである。
大学院講義録25は神話が史実である決定的な証拠「名乗り地名」を徹底的に活用してみた。
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太安萬侶と多人長をめぐる謎と答
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:32頁
太安萬侶と多人長をめぐる謎と答
会員から大学院講義録24の「太安萬侶の布屠」を、
も少し詳しくというお問い合わせがあったので、ここで追加申し上げる。
安萬侶をあれほど宣伝して彼の子孫であることを誇りとした多人長らが
何故?名誉ある「太」姓を捨てて多に変えたのか?という疑問に、答が完備している。
「姓・かばね」は「八種(やくさ)の姓」制定で御存知の通り自称ではなく官製である。
以後官位に付随して認定されたもので、地位偽称の恐れがあるところから、
自称も改姓もできなかった。
人長らが許可されたのには、それ相応の理由が必要だったのである。
太と多を比較してみると、漢音は双方<タ>。
和訓も双方<オオ>。
異なる点はただ一つ「太」が「フト」と読めることだけだ。
だから人長らが嫌ったのは、その<フト>だったと解るのである。
その<フト>が意味するものは布屠だけで、それは僧侶のことだから、
官製の「太」は、
その<フト>に対して与えられたもので、安萬侶の本来の地位を表わしている。
しかし大化大戦敗北により、仏教徒は排斥されて東北に逃げ、
あるいは関東に追いやられて去り、
僅かに残っていた者が天武天皇によって救済されたのである。
ごく下級の太安萬侶が登用されたことは、僧は漢文の経典を学んでいる。
その才能を修史に利用するため以外は考えられない、
これが安萬侶と人長らに山積する謎を一挙に全部解く、
唯一の明瞭な理由で証拠なのである。
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