2011年4月7日木曜日

卑弥呼の初期と敗戦後の五彩圏

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:13頁


それ以前の五彩圏を探してみると、次のような小さいものが実在している。

      A  栗野       
        (姶良郡)       
         ↑       
開聞 ← 姫木→  大隈  
(揖宿郡) (姶良郡) (姶良郡) 
         ↓       
         赤水         
        (桜島)        


 B          球磨
           (熊本県)
                 ↑
不知火 ← 霧島 →  青島
  (川辺郡) (姶良郡) (宮崎県)
                ↓
           有明  
             (曽於郡)


Aは卑弥呼の若い頃の範囲。

Bは卑弥呼政権が敗れて

東へ都を移した当時の範囲とみると合理性がある。

では彼女の最盛期には、どうなっていたか?。

それは勿論、彼女の出身地である南海からに至る、

九州と朝鮮半島の全域を包括するものでなければならない。

『参考』

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2011年4月6日水曜日

壹輿時代の五彩圏実在と、ミナミ(南)の語源

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:12頁

では日本では五彩圏はどんな歴史をたどり、どうなったのであろうか?。

結論を先にお話しすると、

小国・日本はギリシャ人の国を「毛人之国=霧島」と

呼んで自分たちと区別している。

この小国・日本は

「薩摩(さつま)=壹国(サツま)」を中心にしているから、

3世紀には位宮と壹輿政権のことであり、

開聞(シラキッ)があり

壹輿が赫居世(かごし)で新羅始祖王なのだからシラ=白。

その東の霧島は黄で、

その東の宮崎県に倭国=オオ=青があったのに完全に合う。

この配置はまさに壹輿の赫居世時代のもので、

当時は北端に高句麗の黒があり、

壹輿の出身地であり位宮の名乗りでもある琉球が、

アカイヤ以来の「アカ=南」という方角名をもっていたのである。

このことは、

さらに南をなぜ?ミナミというか?という日本語のナゾも解く。

そこの有力住民だったソナカ仏教宣布団の人々は、

その「アカ」をパーリ語の「水=アクァ=アカの国」として受けとって使い、

水を「ミッ」「ミ」と発音していた九州本土の人々はそれを受けて、

南海を総称して「皆水(ミナミ)=ミナミの国」と呼び、

さらに南海と書いてもミナミと読んだから、

「南=ミナミ」という日本独特の名詞が定着したのである。

この結論に欠陥はないか傍証を求めてみると、

大海のことを咸(かん)池・咸海とも書く。

この「咸」の訓(よ)みは「ミナ=皆」だからやはりミナミで、

源=は水元(すいげん)だけでなく

「皆(国民)の本=天皇家」出身を意味している。

『参考』

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2011年4月5日火曜日

今も生きているギリシャ生まれの五彩圏思想と文化

『ウバイド』
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『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:11頁

こうみてくると

ギリシャの<五彩圏>は<中心の黄>が見当たらないが、

<四神>に囲まれているので、

ギリシャそのものが<黄>に当たることは、

少し考えれば誰にでもわかる。

やはり<五彩圏思想>は、ギリシャ生まれだったのである。

しかしギリシャは我が国にはない。

だからそれに当たるものをキ=黄で表現した。

これが五彩圏に残されていた最終のナゾの、明快な答である。

ギリシャでは現代まで、それらの四神を配置した国名が残っているし、

国名に色名を使う伝統もアルバニアなどと表現は変化しながらも、

今なお使われている。

そして古いほうは、

今では日本語にしか合わないので意味不明で、

それが色の名であることさえわからなかった。

それを発見した私たちの研究は、決して無駄ではなかったのである。

それに成功したお陰で、

私たちは真実の建国史を見つけることもできた。

もし仮に、ギリシャ文明が残したそれらの地名が、

消されて別の名に変えられていたら、

私たちは永遠に史実を失ったのである。

これで地名・国名の保存がどんなに大切なものか、

地名がいかに貴重な文化財であるかが、

身に泌みてよくわかる。

我が国では

無知な行政公務員がどんどん地名を破壊し破棄してきた。

それがどれはど私たち国民に巨大な損害を与えてしまったか、

彼らがどんなに悪質な文化の破壊者、犯罪者だったか、

徹底的に糾弾される日がくるのは眼にみえている。

『参考』
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2011年4月4日月曜日

発音の地域差が生んだ当て字の証拠群と証拠力

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:10頁

沖縄語は<ニワトリ>を<ミヤドリ>と呼ぶ。

本土語と<N>と<M>が入れ替わっている。

また語尾の<ス>は<シ>に変わる。

だから<テミス>は<天子>になる。

それをカナで書くと<チヌシ>だが

その発音を耳で聴くと<チナー>に聞こえる。

だから古代沖縄には「天=テン」という発音は存在しなかった。

<大隅語はその沖縄語と鹿児島語の混血児>である。

<ケ>の発音はなく<ケ>は<キ>になるが、

沖縄のように<キ>が<チ>にはならない。

だから「毛」は<キ>である。

すると旧『唐書』の小「日本国」の記事の最後にある

「山外すなわち毛人の国」の毛人は、

面白い答を幾つも教えてくれる。

私が耳にした戦時中の大隅語を含む南九州語は、

<ラ行をザ行かダ行で発音>していた。

<リン>は<ジン>、<ルスパン>は<ズスパン>、

<ライオン>は<ダイオン>といった調子だった。

だから<毛人>も<キジン>なら、

<麒麟>も<キジン>だった。

隋の小説『古鏡記』の鏡の中央にうづくまる

<麒麟>はこれでいくと<毛人>だったのである。

その鏡には我が国の<四神>が彫ってあったのだから、

この考えは間違ってはいない。

その<毛人>の国は

小国日本=鹿児島県の東北を境する大山以東にあった。

その<大山>は今「霧島」と呼ばれているが、

これは「<毛人之国>(キリシマ)」への仮の当て字であり、

最後の国称を<マ>から<ヤ>に変えただけで

「キリシヤ」に変わることは、もうよく御存知である。

<毛>は<キ>。

<毛人>は<ギリシャ人>。

<四神の中央>に君臨していたのは<ギリシャ人政府>だったのである。

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2011年4月3日日曜日

天子=テミスと、アポルロン=スサノオ=位宮

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:9頁

だが発音が、もっと<天子>に近い「テミス」という神がいる。

彼は<アボルロン>が<デルポイ>を奪い取る前に、

その神殿で<神託>を授けていた神である。

ところがそれまで、

寒い北風の国の<ヒューベルボレオイ>にいた<アボルロン>は、

<ゼウス>と<ヒュブリス>の子である<バン>に予言を習い、

<デルポイ>へやってきて、

神殿を守る大蛇・<ピュートーン>を退治して、

<テミス>に替わって予言し、

<ピューティア>たちに神託を述べさせた。

これは<スサノオの命>が寒い朝鮮半島から帰ってきて、

<八俣の大蛇>(おろち)を退治して<八上姫>と結婚し、

王になった話そのままである。

この神話の真相は

<スサノオ>と<天照大神>の

「誓約(うけひ)」=実は政争であり戦争でもあった

史実で、<高句麗王位宮>が、

<卑弥呼政権>を倒して<邪馬壹国>を樹立した事件だが、

それをスサノオ伝説にスリ変えた時、

この<アボルロン>の神話がモデルになったことは、

その余りの一致と、『記・紀』にあるその他の説話が、

大量にギリシャ神話から借用したもので満ちている事実から、

どんなにしても否定することは不可能である。

これもギリシャと我が国が「2大神話国」と呼ばれたことの理由と、

これまで隠れていた本当の深層を見せてくれているのである。

この<テミス>はさらに最も重要なことを教えてくれる。

それは「天子」は国家の最も重要な中心人物だということだ。

そして<テミス>もギリシャの中心・<デルポイ>にいたのである。

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2011年4月2日土曜日

チナ・キノに合うギリシャ地名・テノス

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:8頁

だが、まだ完全に解決したわけではない。

それは最も重要な位置を占めている

<中央の黄>がギリシャにないことだ。

そこで見つかったのは<橙色>であって<黄>ではない。

あらゆる可能性を考えて出た結論は、

この答は沖縄語が<キ>を<チ>と

発音すること以外にないということである。

そこで「沖縄」と

新井白石が当て字した国名の<ウチナー>を考えてみると、

<ウ>は<大>という美称として省くと、

<チナ>が本来の国名として後に残る。

これは<チヌ>・<チン>・<ツナ>・<キノ>と変化しながら、

<倭王・珍>を経て現代まで、

我が国の建国史を貫いて「中央」を意味し、

最後には「畿内」に至る「キ」の本体として

実在が確かめられた「巨大な文化財」なのである。

だから<チナ>は「黄国(キナ)」である。

ではなぜそれが「国家の中央」を意味するのであろうか?。

古代ギリシャの名詞を調べてみると、

これに該当するように見えるものが1つ見つかった。

地名の<テノス>である。

これは沖縄では<チヌシ>になるから

「地主」という領土の所有者を意味する当て字に合う。

これに助詞の「ン」を挟むと、<チンヌシ>=<テンヌシ>=天主、

テンヌーシ=<天の御主>=<天の大人(うし)>⇒<天皇氏>という当て字もすぐ生まれる。

しかしこの<テノス>は単なる地名に過ぎず、天皇を意味するような何物ももっていない。

これでは「他人のソラ似」「コジつけ」と軽蔑されても文句はいえない。

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2011年4月1日金曜日

橙色も「色」という言葉もギリシャから

『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録17:7頁

ついでに日本語の<橙色>(ダイダイいろ)という変わった色の名は、

どこからきたかもお話ししておこう。

これは<斧>や<車>や<帆>を発明した

ギリシャ筆頭の大技術家<ダイダロス>が、

ミノス大王の王妃・<パシバェ>のために作った牝牛(めうし)像からきている。

この牝牛は輝く<橙色の眼>をもっていた。

だから、

その眼にそっくりな<柑橘>を<ダイダロスの眼>(メ⇒ミ)⇒実と呼び、

それが南九州で<デデ>と縮まって変わったものが、

本土語で<ダイダイ>になったものなのである。

さらに、ついでにお話しすると、

可愛い<キューピー>は英語、ラテン語の<クピド>、

ギリシャ語の<エロス>だが、

彼は恋の仲立ちをする「色ごと師」である。

恋愛や恋人を我が国で「色(いろ)」と呼ぶのは、

この<エロス>が大隅で「イロ」と発音が変わったからで、

それは色情を離れて、

すべての色の日本語発音「イロ」としても使われることになったのである。

だから<イロ>というものへの認識と、

その色の名は、ギリシャ人が日本にやってこなければ、

生まれるはずのない言語だったことがわかる。

これで日本の色名がギリシャ生まれだということは疑う余地がなく、

それがいつ、どう使われたか、経過まで明確になった。

だから四神は中国ではなく

ギリシャ生まれの日本育ちで、

中国へは逆に日本から、

<鮮卑人>=<隋唐人>が<五胡十六国時代>にもって行ったのだと、

細部まで詳細におわかり戴けたと思う。

『参考』

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