『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:23頁
『記・紀』がいう『神』とは、
宇宙創造の神の中に美知能宇斯(ミチヌウシ)と
同じ名の御中主(ミチュウヌシ)が実在し、
『古事記』がそれをわざと初代の神として配置しているのは、
単なる信仰のためとは考えられない。
それは自分たちの祖先の名を用いた
「勢力の誇示」以外のなにものでもない。
これがわかって始めて天武天皇の出身がわかる。
美知能宇斯は『古事記』では
旦波比古多多須美知能宇斯王と書かれていて、
タンバ=種子国(タネマ)=種子島、ヒコ=卑狗または日向。
種子島と日向を「タタス=発(た)たれた」王で、
美知能宇斯=ビシュヌーは亀でもあるから、
浦島=位宮を琉球に運んだ水軍の王だったことは、
もうよくご存じである。
その人物を『古事記』開巻第一の神の名とした
天武天皇は、大海人の皇子、天淳中原瀛真人と名乗る。
これは沖縄・海原・沖の神仙で、海人族の大王を意味していて、
海のない奈良県の山猿ではありえない。
大海人とは海人族の王・種子島海軍の美知能宇斯の子孫であり
一族だという名乗りである。
それはまた。
海神ポントスを名乗った応神天皇の後継者を意味する。
継体天皇も同じことを主張した。
天武は藤原鎌足の姓が証明するようにポセイドンを国名に運んだ
百済倭国(フジワラ)政権を再興した天皇だったのである。
そしてその政権を中断して日本と改名した天智天皇も、
結局は壹與を始祖王とする新羅王で、
本国は鹿児島県だった日本国にいた同族だったのである。
『参考』
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ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2010年11月7日日曜日
2010年11月6日土曜日
余りにも多い『神名?』の共通部分・天武天皇が『帝記・本辞』を嘆いた真の理由
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:22頁
以上が『異説・日本古代国家』からの転記である。
以下は省略しながら引用していこう。
前2ページの神名に欠けている1から4までは、
1 八島士奴美、
2 大歳神、
3 宇迦之御魂神、
4 布波能母遅久奴須奴神である。
この大量の名には当然、当て字違いの同名を含んでいる。
1と18と34は、ヤジマ、ヤジム、ヤジマム。
41のハヤジヌミも夜と島の一字違いで1とほとんど共通している。
2と共通点のある神名は15の国を土にして、沖縄発音で読むとウトシュ、
19ウトシ、81ウトシンなど一見して共通している。
これからいくと事代主は子大歳主=コウトシの主、
またはコオトシの主への当て字だということにもなる。
3をウカシミコムと読むと5がウカミシカム。
7にフカブシカムが含まれていて、
16もウケムジカムになる。
19もウ都シコカム。
22にもウカミコカムが含まれ。
44のミカを御カへの当て字替えとみると、ウカヌシビコカム。
61ウ国ミコム。
70ウツシビコカム。
71ウコシミカム。
80庭コシカム。
81を大土之神と書くとウトシカム。
89もウカシミヵムと実に大きく共通しているし、
81を考えると、2と3は同じ神名から分れた可能性が
大きいことを見逃せない。
それだけでなく
9淤美豆奴神も大日津奴神と当て字を換えるとウカツヌカムになる。
また67の大香山戸臣神も山戸を取るとウカシンカムで、
間違いなくもとは同じだとわかる。
山戸はヤマトで意味のある発音だから、
故意につけ加えた可能性が高い。
こうした追及を続けると、
総数50の名が、3と同じ名であるということになる。
私たちはすでに、
私たちの先祖が異なった複数の言語を話していたことを確認しているし、
発音もまた、現在でさえも様々に変化し続けていることを知っている。
そして当て字も同音異字の多い漢字を使ったから、
実に様々な文字が当てられているし、
その漢字がまた、複数の発音をもっているために、
人によって読み方が変わる。
それを聞き書きすると、また別の文字が使われ、
まるで別物のような名が生まれる。
これが天武天皇が嘆いて言ったという
「諸家のもつ『帝記』と『本辞』は、
すでに正実が違い、
虚偽を多く加えている」の原因なのだ。
さらに明確なことは、
これまで見てきたのは本当は『神名』などではなく、
藷豪族がそれぞれの家に代々伝えてきた記録である
「皇族名」なのだということである。
過去の史学界で常識だとされていた
「神名だからヤヤコシイのは当り前だ」という考えは、
余りにも幼稚な思い込みに過ぎなかったのである。
『参考』
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以上が『異説・日本古代国家』からの転記である。
以下は省略しながら引用していこう。
前2ページの神名に欠けている1から4までは、
1 八島士奴美、
2 大歳神、
3 宇迦之御魂神、
4 布波能母遅久奴須奴神である。
この大量の名には当然、当て字違いの同名を含んでいる。
1と18と34は、ヤジマ、ヤジム、ヤジマム。
41のハヤジヌミも夜と島の一字違いで1とほとんど共通している。
2と共通点のある神名は15の国を土にして、沖縄発音で読むとウトシュ、
19ウトシ、81ウトシンなど一見して共通している。
これからいくと事代主は子大歳主=コウトシの主、
またはコオトシの主への当て字だということにもなる。
3をウカシミコムと読むと5がウカミシカム。
7にフカブシカムが含まれていて、
16もウケムジカムになる。
19もウ都シコカム。
22にもウカミコカムが含まれ。
44のミカを御カへの当て字替えとみると、ウカヌシビコカム。
61ウ国ミコム。
70ウツシビコカム。
71ウコシミカム。
80庭コシカム。
81を大土之神と書くとウトシカム。
89もウカシミヵムと実に大きく共通しているし、
81を考えると、2と3は同じ神名から分れた可能性が
大きいことを見逃せない。
それだけでなく
9淤美豆奴神も大日津奴神と当て字を換えるとウカツヌカムになる。
また67の大香山戸臣神も山戸を取るとウカシンカムで、
間違いなくもとは同じだとわかる。
山戸はヤマトで意味のある発音だから、
故意につけ加えた可能性が高い。
こうした追及を続けると、
総数50の名が、3と同じ名であるということになる。
私たちはすでに、
私たちの先祖が異なった複数の言語を話していたことを確認しているし、
発音もまた、現在でさえも様々に変化し続けていることを知っている。
そして当て字も同音異字の多い漢字を使ったから、
実に様々な文字が当てられているし、
その漢字がまた、複数の発音をもっているために、
人によって読み方が変わる。
それを聞き書きすると、また別の文字が使われ、
まるで別物のような名が生まれる。
これが天武天皇が嘆いて言ったという
「諸家のもつ『帝記』と『本辞』は、
すでに正実が違い、
虚偽を多く加えている」の原因なのだ。
さらに明確なことは、
これまで見てきたのは本当は『神名』などではなく、
藷豪族がそれぞれの家に代々伝えてきた記録である
「皇族名」なのだということである。
過去の史学界で常識だとされていた
「神名だからヤヤコシイのは当り前だ」という考えは、
余りにも幼稚な思い込みに過ぎなかったのである。
『参考』
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2010年11月5日金曜日
ここでは引き続いて、生の神名を提供しておく
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:19・20・21頁
1 八島士奴美(ヤジマジノミ)、
2 大歳神(ウトシカム)、
3 宇迦之御魂神(ウカシミコム)、
4 布波能母遅久奴須奴神、
5 淤迦美之神(ウカミシカム)、
6 日河比売()、
7 深淵之水夜礼花神(フカブシミズカカム)、
8 天都度閇知泥()、
9 淤美豆奴神(ウミズノカム)、
10 布怒豆怒神(フ ズノカム)、
11 布帝耳()、
12 天之冬衣神( フギノカム)、
13 刺国大神(シコウカム)、
14 刺国若比売()、
15 大国主神(ウコヌシカム)、
16 大穴牟遅神(ウケムジカム)、
17 葦原色許男(イケシコウカム)、
18 八千矛神(ヤジムカム)、
19 宇都志国玉神(ウ○シコオカム)、
20 稲羽之八上比売()、
21 御祖命(ウソミコ・ゴウミコ)、
22 木国之大鼻毘古神( コシウカミコカム)、
23 須勢理毘売()、
24 木俣神()、
25 御井神()、
26 沼河比売()、
27 日子遅神(シコジカム)、
28 阿遅鉏高日子根神(カジスカシコヌカム)、
29 高比売()、
30 下光比売(カコシミ)、
31 迦毛大御神(カケウカミ)、
32 神屋楯比売()、
33 事代主神()、
34 八島牟遅能神(ヤジムジノカム)、
35 鳥耳神()、
36 鳥鳴海神( ウミカミ)、
37 日名照額田毘道男伊許知邇神()、
38 国忍富神(コシノミカム)、
39 葦那陀迦神()、
40 八河江比売()、
41 速甕之多気佐波夜遅奴美神( ミカシウケサハ ジノカミ)、
42 天之甕主神( シミカシカム)、
43 前玉比売()、
44 甕主日子神(ミカヌシシコカム)、
45 比那良志毘売()、
46 多比理岐志麻流美神(ウシ キシマ ミカム)、
47 比比羅木之其花麻豆美神(シシ コシ カマ ミカム)、
48 活玉前玉比売神()、
49 美呂浪神()、
50 敷山主神(シキマヌシカム)、
51 青沼馬沼押比売()、
52 布忍富鳥鳴海神( ウシミ ミカム)、
53 若盡女神(カジメカム)、
54 若晝女神()、
55 天日腹大科度美神( カバウカ ミカム)、
56 天狭霧神()、
57 遠津待根神()、
58 遠津山岬多良斯神()、
59 神活須毘神( クスミカム)、
60 伊怒比売()、
61 大国御魂(ウコミカム)、
62 韓神()、
63 曾富理神()、
64 白日神()、
65 聖神()、
66 香用比売()、
67 大香山戸臣神(ウカマ ミカム)
68 御年神()、
69 天知迦流美豆比売()、
70 奥津日子神(ウ シコカム)、
71 大戸比売神(ウ シミカム)、
72 龗神()、
73 大山咋神(ウサムクシカム)、
74 山末之大主神()、
75 庭津日神()、
76 阿須波神()、
77 波比岐神()、
78 香山戸臣神(ウカマ ミカム)、
79 羽山戸神(ウカマ ミカム)、
80 庭(美)高津日神(バ(ミ)コシカム)、
81 大土神(ウトシカム)、
82 土之御祖神(トシミウカム)、
83 大気都比売(ウカシミ)、
84 若山咋神(ウカサム カム)、
85 若年神(ウカシカム)、
86 妹若沙那売神(ウカシ ミカム)、
87 弥豆麻岐神()、
88 夏高津日神(カコシカム)、
89 夏之売神(ウカシミカム)、
90 秋毘売神()、
91 久久年神(クヒサトシカム)、
92 久久紀若室葛根神( ウカシカジ カム)
(一部を除き「倉野憲司『古事記』岩波文庫」による)
『参考』
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1 八島士奴美(ヤジマジノミ)、
2 大歳神(ウトシカム)、
3 宇迦之御魂神(ウカシミコム)、
4 布波能母遅久奴須奴神、
5 淤迦美之神(ウカミシカム)、
6 日河比売()、
7 深淵之水夜礼花神(フカブシミズカカム)、
8 天都度閇知泥()、
9 淤美豆奴神(ウミズノカム)、
10 布怒豆怒神(フ ズノカム)、
11 布帝耳()、
12 天之冬衣神( フギノカム)、
13 刺国大神(シコウカム)、
14 刺国若比売()、
15 大国主神(ウコヌシカム)、
16 大穴牟遅神(ウケムジカム)、
17 葦原色許男(イケシコウカム)、
18 八千矛神(ヤジムカム)、
19 宇都志国玉神(ウ○シコオカム)、
20 稲羽之八上比売()、
21 御祖命(ウソミコ・ゴウミコ)、
22 木国之大鼻毘古神( コシウカミコカム)、
23 須勢理毘売()、
24 木俣神()、
25 御井神()、
26 沼河比売()、
27 日子遅神(シコジカム)、
28 阿遅鉏高日子根神(カジスカシコヌカム)、
29 高比売()、
30 下光比売(カコシミ)、
31 迦毛大御神(カケウカミ)、
32 神屋楯比売()、
33 事代主神()、
34 八島牟遅能神(ヤジムジノカム)、
35 鳥耳神()、
36 鳥鳴海神( ウミカミ)、
37 日名照額田毘道男伊許知邇神()、
38 国忍富神(コシノミカム)、
39 葦那陀迦神()、
40 八河江比売()、
41 速甕之多気佐波夜遅奴美神( ミカシウケサハ ジノカミ)、
42 天之甕主神( シミカシカム)、
43 前玉比売()、
44 甕主日子神(ミカヌシシコカム)、
45 比那良志毘売()、
46 多比理岐志麻流美神(ウシ キシマ ミカム)、
47 比比羅木之其花麻豆美神(シシ コシ カマ ミカム)、
48 活玉前玉比売神()、
49 美呂浪神()、
50 敷山主神(シキマヌシカム)、
51 青沼馬沼押比売()、
52 布忍富鳥鳴海神( ウシミ ミカム)、
53 若盡女神(カジメカム)、
54 若晝女神()、
55 天日腹大科度美神( カバウカ ミカム)、
56 天狭霧神()、
57 遠津待根神()、
58 遠津山岬多良斯神()、
59 神活須毘神( クスミカム)、
60 伊怒比売()、
61 大国御魂(ウコミカム)、
62 韓神()、
63 曾富理神()、
64 白日神()、
65 聖神()、
66 香用比売()、
67 大香山戸臣神(ウカマ ミカム)
68 御年神()、
69 天知迦流美豆比売()、
70 奥津日子神(ウ シコカム)、
71 大戸比売神(ウ シミカム)、
72 龗神()、
73 大山咋神(ウサムクシカム)、
74 山末之大主神()、
75 庭津日神()、
76 阿須波神()、
77 波比岐神()、
78 香山戸臣神(ウカマ ミカム)、
79 羽山戸神(ウカマ ミカム)、
80 庭(美)高津日神(バ(ミ)コシカム)、
81 大土神(ウトシカム)、
82 土之御祖神(トシミウカム)、
83 大気都比売(ウカシミ)、
84 若山咋神(ウカサム カム)、
85 若年神(ウカシカム)、
86 妹若沙那売神(ウカシ ミカム)、
87 弥豆麻岐神()、
88 夏高津日神(カコシカム)、
89 夏之売神(ウカシミカム)、
90 秋毘売神()、
91 久久年神(クヒサトシカム)、
92 久久紀若室葛根神( ウカシカジ カム)
(一部を除き「倉野憲司『古事記』岩波文庫」による)
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2010年11月4日木曜日
スサノオの命の系譜
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:17・18頁
「復原推理の手ほどき(1)」
オホクニヌシ┐
┌ヒルコ ├「 」
イザナギ―┐├アハシマ ┌タキリヒメ─┘
├┼オオヒルメ─┬┼タキツヒメ
イザナミ─┘├ツキヨミ │└イチキシマヒメ
└スサノオ──┘
(スサノオ)┐
オホヤマツミ┬アシナヅチ─クシナダヒメ┴──ヤシマジヌミ──┐
│ (スサノオ)─┐ │
│ ├─オホトシ │
├──────カムオホチヒメ┴─ウカノミタマ ├( )
├コノハナサクヤヒメ┐ │
│ニニギノミコト──┘ │
└───────────────コノハナチルヒメ┘
オホクニヌシ┐
├「アヂスキタカネヒコネ」
タキリヒメ─┘
ヤシマジヌミ──┐ アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐ ├
コノハナチルヒメ┘ ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘
6代あとの大国主と、タキリヒメが結婚したことになっている。
見やすいようにカナ書きとし、尊称は省略する。
よみ方は仮りのもので、原典をあとで引用して補なう。」
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
「復原推理の手ほどき(2)」
ヤシマジヌミ──┐ アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐ ├
コノハナチルヒメ┘ ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘
アメノツドヘチネ───┐
├オミズヌ┐
フカフチノミズヤレハナ┘ ├アメノフユギヌ─┐
フテミミ┘ ├オホクニヌシ┐
サシクニオホ─サシクニワカヒメ┘ ├
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├ヤヘコトシロヌシ
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├┬アヂスキタカネヒコネ
スサノオ─タキリヒメ─┘└タカヒメ
オホクニヌシ┐
ヤシマムヂ─トリトリ┴トリナルミ─クニオシトミ
どんな考え方をしても、6代も前のおバアさんと結婚することはありえない。
これはあれこれ考えるより、系譜に間違いがあると考えるほかない。
(注)よみは武田祐吉著「古事記」(角川文庫)による。
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
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「復原推理の手ほどき(1)」
オホクニヌシ┐
┌ヒルコ ├「 」
イザナギ―┐├アハシマ ┌タキリヒメ─┘
├┼オオヒルメ─┬┼タキツヒメ
イザナミ─┘├ツキヨミ │└イチキシマヒメ
└スサノオ──┘
(スサノオ)┐
オホヤマツミ┬アシナヅチ─クシナダヒメ┴──ヤシマジヌミ──┐
│ (スサノオ)─┐ │
│ ├─オホトシ │
├──────カムオホチヒメ┴─ウカノミタマ ├( )
├コノハナサクヤヒメ┐ │
│ニニギノミコト──┘ │
└───────────────コノハナチルヒメ┘
オホクニヌシ┐
├「アヂスキタカネヒコネ」
タキリヒメ─┘
ヤシマジヌミ──┐ アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐ ├
コノハナチルヒメ┘ ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘
6代あとの大国主と、タキリヒメが結婚したことになっている。
見やすいようにカナ書きとし、尊称は省略する。
よみ方は仮りのもので、原典をあとで引用して補なう。」
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「復原推理の手ほどき(2)」
ヤシマジヌミ──┐ アメノツドヘチネ───┐
├(フハノモヂクヌスヌ)─┐ ├
コノハナチルヒメ┘ ├フカフチノミズヤレハナ┘
オカミ─ヒカハヒメ┘
アメノツドヘチネ───┐
├オミズヌ┐
フカフチノミズヤレハナ┘ ├アメノフユギヌ─┐
フテミミ┘ ├オホクニヌシ┐
サシクニオホ─サシクニワカヒメ┘ ├
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├ヤヘコトシロヌシ
カムヤタヒメ┘
オホクニヌシ┐
├┬アヂスキタカネヒコネ
スサノオ─タキリヒメ─┘└タカヒメ
オホクニヌシ┐
ヤシマムヂ─トリトリ┴トリナルミ─クニオシトミ
どんな考え方をしても、6代も前のおバアさんと結婚することはありえない。
これはあれこれ考えるより、系譜に間違いがあると考えるほかない。
(注)よみは武田祐吉著「古事記」(角川文庫)による。
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2010年11月3日水曜日
神話と歴史をつなぐ人物
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:15・16頁
もう一人のタキリヒメは、
スサノオの命の娘、三女神の長女に当る方である。
古事記 ①多紀理毘売(タキリヒメ)またの名、奥津島(オキツシマ)比売、
②市寸島比売またの名、狭依(サイ)毘売、 ③多岐都比売
書紀本文 ①田心(タコリ)姫、 ②湍津(タキツ)姫、③市杵島姫
以下一書 ①瀛津(オキツ)島姫、 ②湍津(タキツ)姫、③田心(タコリ)姫
①市杵(イチキ)島姫、 ②田心(タコリ)姫、③湍津(タキツ)姫
①瀛津島姫またの名市杵島姫、②瑞津姫、 ③田霧(タキリ)姫
一見しただけで、ずいぶん混乱が激しいことがわかると思う。
しかし、そのうちで、
<多紀理毘売>、<田心姫>、<田霧姫>が「タキリヒメ」であることは、
説明はいらない。
また混乱はあっても三人姉妹であることは厳重に守られている。
そこで応神天皇妃の<高城入姫>を見てみよう。
古事記では、品陀真若王の女、三柱の女王、として
①高木之入日売、②中比売、③弟比売、としてある。
書紀では
①高城入姫、②仲姫、③弟姫である。
この中、仲、弟というのは名前ではない。
<ナカ>は<次女>、<オト>は<末娘>のことである。
ここでもぴったり三人だから、よく合うのであるが、記紀双方とも、
申し合わせたように②③の名前がないのである。
一体応神天皇はどの大帝の后妃の名が不明のままということがあるであろうか?
これは②③のうち一人でも明記したら、たちまち、
スサノオの命の三女神だとわかるために、
どうしても名前を書くわけにいかなかった、と思いたくなる書き方である。
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
しかし、<タキリヒメ>の名と、三姉妹という二点では一致している。
仮に<スサノオの命>と<品陀真若王>が同一人だとすれば、
これまで神話の世界の存在とされていたスサノオの命は実在者、
品陀真若王の別名だという大変すばらしいことになる。
この仮定が正しければ必ず他の証拠が見つかるはずである。
天皇の本系でないために<品陀真若王の系譜>は簡単なものしかない。
そこで先ず記載の多い<スサノオの命の系譜>から見ていこう。
どういうものか、この命を祖とする大国主命一族の記事は、
日本書紀には少く、古事記には詳しい。
系譜もまた古事記には詳細に出ている。
その系譜にざっと目を通して面白いことに気がついた。
それは、命が、大山津見の神の娘「神大市比売」と結婚していることである。
大山津見の娘は天孫降臨の主人公、ニニギの命とも結婚している。
有名な「木花佐久夜毘売(コノハナサクヤ)」である。
これは現代人の常識なら、
スサノオの命と、ニニギの命は義兄弟ということになる。
スサノオの命と天照大神との間に生れた
天忍穂耳(アメのオシホミミ)の命の子が
ニニギの命であるから、二人は祖父と孫でもある。
それが同じ姉妹と結婚したのであるから、
当然互いに行き来がありそうなものなのに、
この二人は出雲族と天孫族とに分れてしまい、
時代も隔絶して、全く無関係なのである。
どうやらここでも分裂現象が起こっているような予感がする。
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
歴史徒然
歴史回廊
ウワイト
もう一人のタキリヒメは、
スサノオの命の娘、三女神の長女に当る方である。
古事記 ①多紀理毘売(タキリヒメ)またの名、奥津島(オキツシマ)比売、
②市寸島比売またの名、狭依(サイ)毘売、 ③多岐都比売
書紀本文 ①田心(タコリ)姫、 ②湍津(タキツ)姫、③市杵島姫
以下一書 ①瀛津(オキツ)島姫、 ②湍津(タキツ)姫、③田心(タコリ)姫
①市杵(イチキ)島姫、 ②田心(タコリ)姫、③湍津(タキツ)姫
①瀛津島姫またの名市杵島姫、②瑞津姫、 ③田霧(タキリ)姫
一見しただけで、ずいぶん混乱が激しいことがわかると思う。
しかし、そのうちで、
<多紀理毘売>、<田心姫>、<田霧姫>が「タキリヒメ」であることは、
説明はいらない。
また混乱はあっても三人姉妹であることは厳重に守られている。
そこで応神天皇妃の<高城入姫>を見てみよう。
古事記では、品陀真若王の女、三柱の女王、として
①高木之入日売、②中比売、③弟比売、としてある。
書紀では
①高城入姫、②仲姫、③弟姫である。
この中、仲、弟というのは名前ではない。
<ナカ>は<次女>、<オト>は<末娘>のことである。
ここでもぴったり三人だから、よく合うのであるが、記紀双方とも、
申し合わせたように②③の名前がないのである。
一体応神天皇はどの大帝の后妃の名が不明のままということがあるであろうか?
これは②③のうち一人でも明記したら、たちまち、
スサノオの命の三女神だとわかるために、
どうしても名前を書くわけにいかなかった、と思いたくなる書き方である。
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
しかし、<タキリヒメ>の名と、三姉妹という二点では一致している。
仮に<スサノオの命>と<品陀真若王>が同一人だとすれば、
これまで神話の世界の存在とされていたスサノオの命は実在者、
品陀真若王の別名だという大変すばらしいことになる。
この仮定が正しければ必ず他の証拠が見つかるはずである。
天皇の本系でないために<品陀真若王の系譜>は簡単なものしかない。
そこで先ず記載の多い<スサノオの命の系譜>から見ていこう。
どういうものか、この命を祖とする大国主命一族の記事は、
日本書紀には少く、古事記には詳しい。
系譜もまた古事記には詳細に出ている。
その系譜にざっと目を通して面白いことに気がついた。
それは、命が、大山津見の神の娘「神大市比売」と結婚していることである。
大山津見の娘は天孫降臨の主人公、ニニギの命とも結婚している。
有名な「木花佐久夜毘売(コノハナサクヤ)」である。
これは現代人の常識なら、
スサノオの命と、ニニギの命は義兄弟ということになる。
スサノオの命と天照大神との間に生れた
天忍穂耳(アメのオシホミミ)の命の子が
ニニギの命であるから、二人は祖父と孫でもある。
それが同じ姉妹と結婚したのであるから、
当然互いに行き来がありそうなものなのに、
この二人は出雲族と天孫族とに分れてしまい、
時代も隔絶して、全く無関係なのである。
どうやらここでも分裂現象が起こっているような予感がする。
『異説・日本古代国家』20神話と歴史のつなぐ人物
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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2010年11月2日火曜日
品陀真若は大黒天で大国主でスサノオ?!
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:14頁
しかし、それが何故?、品陀真若に使われたのだろう?。
この答は高木入比売と中比売、弟比売という彼の3人の娘が、
応神天皇の后妃になったことで推理できる。
この結婚は女王の夫として応神天皇が、
品陀真若のもっていた政権を受け継いだことを示している。
それは間違いなく「国譲り」だから、
品陀真若は大国主なのである。
すると大国主=品陀真若でなければ
マハーカーラではないから、大黒天ではなく、
従ってダイコクサンと呼ばれることもない。
真若は「皮纏ふ」だけでなく、
大黒天の意味も複合して持っていたことは間違いない。
またスサノオの命の娘・多紀理(タキリ)毘売も
大国主の命の后である。
高城入姫、高木之入比売もタキリヒメと読めるから、
当て字が違うだけである。
これは偶然なのか?。
他に理由があるのだろうか?。
この疑問には、
加治木義博著『異説・日本古代国家』が正しく答えている。
この本は会員の皆様はもちろん、会員以外の多くの愛読者の皆様や、
若い学者の方々から実に多数のご注文を戴いているが、
何分30年以上前の出版で、
すでに絶版になっていて、いまだに再版できないでいるので、
せめて、この部分だけでも、ここで再録してご覧に入れたい。
すでにご所持の少数の皆様にはご退屈かも知れないが、
こうした事情をご高察の上、少しだけご辛抱をお願いしたい。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
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しかし、それが何故?、品陀真若に使われたのだろう?。
この答は高木入比売と中比売、弟比売という彼の3人の娘が、
応神天皇の后妃になったことで推理できる。
この結婚は女王の夫として応神天皇が、
品陀真若のもっていた政権を受け継いだことを示している。
それは間違いなく「国譲り」だから、
品陀真若は大国主なのである。
すると大国主=品陀真若でなければ
マハーカーラではないから、大黒天ではなく、
従ってダイコクサンと呼ばれることもない。
真若は「皮纏ふ」だけでなく、
大黒天の意味も複合して持っていたことは間違いない。
またスサノオの命の娘・多紀理(タキリ)毘売も
大国主の命の后である。
高城入姫、高木之入比売もタキリヒメと読めるから、
当て字が違うだけである。
これは偶然なのか?。
他に理由があるのだろうか?。
この疑問には、
加治木義博著『異説・日本古代国家』が正しく答えている。
この本は会員の皆様はもちろん、会員以外の多くの愛読者の皆様や、
若い学者の方々から実に多数のご注文を戴いているが、
何分30年以上前の出版で、
すでに絶版になっていて、いまだに再版できないでいるので、
せめて、この部分だけでも、ここで再録してご覧に入れたい。
すでにご所持の少数の皆様にはご退屈かも知れないが、
こうした事情をご高察の上、少しだけご辛抱をお願いしたい。
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2010年11月1日月曜日
大黒天・マハーカーラも「マワカ」の語源か?
『出典』言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録12:13頁
真若の語源候補はもう1つある。
それは鉏友が吉備子でエビスのモデルであり、
「大国(だいこく)」すなわち
卑弥呼政権の倭国連邦を譲った側だからである。
その当事者の大国主の命は、
古来「ダイコク」と呼ばれて、
インドのマハー・カーラ=大黒天
(シバの一名で世界の主宰者)と同一視されている。
(後世に最澄が比叡山に祀ったのは中国仏教からの再輸入である)
それが何故?問題か?。
それはこのインド神名が、
やはりマハカラ、
すなわちマハカで、古代人ならもちろん、
戦前の日本人でも「マワカ」と発音する名をもっているからなのだ。
「マワカ」は、
その語源が大国主一族を意味する「マハカ」だった可能性が少くない。
しかし
「まさか、インドの神名が、
古代にそんな使い方をされたとは、信じられない」
という人もあると思う。
でも垂仁天皇の后妃の父は、
美知能宇斯ン=ビチュヌウ神という
シンドゥ教の最高神の名を現実に名乗っており、
『古事記』は、さらにそれを
「天の御中主(ミチュウヌシ)」と当て字して、
開巻第一の創世記に、
宇宙に先ず出現した最高神の位置に据えている。
オオクニヌシは確かに倭国(オオクニ)の主であり、
当時の日本列島最大の大国・倭人連邦の支配者だったから、
大国主と呼ばれるのは当然で、
その大国(だいこく)と通音の大黒天に擬しても少しも不当ではないから、
マハカを、その一族の王の代名詞に使っていても不思議ではない。
『参考』
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小林登志子『シュメル-人類最古の文明』:中公新書
『メソポタミア世界』
シュメル-人類最古の文明
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真若の語源候補はもう1つある。
それは鉏友が吉備子でエビスのモデルであり、
「大国(だいこく)」すなわち
卑弥呼政権の倭国連邦を譲った側だからである。
その当事者の大国主の命は、
古来「ダイコク」と呼ばれて、
インドのマハー・カーラ=大黒天
(シバの一名で世界の主宰者)と同一視されている。
(後世に最澄が比叡山に祀ったのは中国仏教からの再輸入である)
それが何故?問題か?。
それはこのインド神名が、
やはりマハカラ、
すなわちマハカで、古代人ならもちろん、
戦前の日本人でも「マワカ」と発音する名をもっているからなのだ。
「マワカ」は、
その語源が大国主一族を意味する「マハカ」だった可能性が少くない。
しかし
「まさか、インドの神名が、
古代にそんな使い方をされたとは、信じられない」
という人もあると思う。
でも垂仁天皇の后妃の父は、
美知能宇斯ン=ビチュヌウ神という
シンドゥ教の最高神の名を現実に名乗っており、
『古事記』は、さらにそれを
「天の御中主(ミチュウヌシ)」と当て字して、
開巻第一の創世記に、
宇宙に先ず出現した最高神の位置に据えている。
オオクニヌシは確かに倭国(オオクニ)の主であり、
当時の日本列島最大の大国・倭人連邦の支配者だったから、
大国主と呼ばれるのは当然で、
その大国(だいこく)と通音の大黒天に擬しても少しも不当ではないから、
マハカを、その一族の王の代名詞に使っていても不思議ではない。
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