2015年10月7日水曜日

絹と地名分布①


 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:386~396頁

 第16章 イスラエル人の日本定着とヘブライの信仰

 絹と地名分布①

  休蜜が本当に「亀カメ」になったのかとの疑問も湧くだろうが、

 実際はそれどころではない。

 亀は元より「神」ともなっている。

 事実「カイコ」は神格化され篤く祀られているのである。

 以下は秦氏の勢力が及んだ所だけではないけれど、

 その絹に係わる用語が

 どのように及んでいるのかを示す地名などの展開である。

  広島県の東端に神石郡があり、

 現在も神石町など三町に含まれている。

 和名類聚抄に備後国神石郡と載るので吉備国のうちである。

 この郡内にかって亀石村があった。

 それが現在の神石町である。

 また同郡内に来見(くるみ)村があった。

 この村名はサンスクリット語の虫を表す kṛmi によるもので、

 木蜜 kiumi の祖語であり、

 亀・神が虫を表わしていることが解る。

 石は同県内の世羅郡の名になっている

 サンスクリット語の śaila (石)を取り入れたもので
 
 繭玉の比喩名なのであり、神石(亀石)は「蚕の繭」を意味する。

 第10章の「天毒とセリカ」で説明した用語である。

  『古事記』で大国主命の后となる須勢理毘売命(すせりひめみこと)

 は sur-śaila の転移で

 「白い石」または「輝く石」で繭玉を名としたものである。

  神石郡は備後国、つまり吉備国内に位置するが、

 『古事記』孝霊天皇の条に天皇の御子として

 「比古伊勢理毘古命(ひこいせりひこみこと)、

 亦の名は大吉備津日古命」とあり、

 『日本書紀』では

 「彦五十狭芹彦命、亦の名吉備津彦命」としている。
 
 伊佐勢理はサンスクリット語で

 isa-śaila 「繭支配者」の意味である。
 
  吉備は休蜜と近似する。

 「吉備」は第13章の「男王卑弥弓呼と孝霊天皇」で

 みたように「熱高炉」を表わすが、

 吉備国とは、また「養蚕国」を表わす。

 現在の岡山県総社市名、津山市の総社にある

 総社宮の「総合する」の意味で捉えられているが、

 そうでは全くなく、

 「説文」に総は「神蛇なり」と説くように蚕を表わす。

 総社は総蛇の転移である。

 その津山市がかって属していた勝田郡の

 勝は本来「螣(とう)」で「はくいむし」

 つまりこれも蚕を表わす。

 勝田郡と並ぶ苫(とま)田郡の

 「苫」は編んで固めたものの意味で、

 ここでは繭と理解できる。

 また大月氏の都密にも通ずる。

 苫田郡の北方に鳥取県の気高郡が日本海沿いにあるが、

 かっての気田郡で、「気多」は蚕の意味の kīta に依る。

 郡名の「気高」あるいは町名の「日高」は

 サンスクリット語の kita と全く同義で「昆虫、虫」を表わす。

  kītaka の音写であり、

 「キタ」が「蚕」であることの証左となっている。

 「延喜式」神名帳気高郡に幡井神社が載る。

 現在の青谷町絹見がその所在地である。

 板井神社も同様に載るが、

 双方とも patta によるもので同義である。

  この気多より大穴持命を勧請したというのが

 石川県羽咋市の気多神社で、

 「ハクイ」は、はくいむしの「螣」である。

 《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
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