2013年10月7日月曜日

大陸ケルト人-1


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:254頁

 第四章 大陸ケルト人-1

  紀元前二千年頃

 北メソポタミアに成立したアッシリア初期の支配的階層が

 スバル人達であったことは確かなことである。

 そして、シャムシアダト一世が首都を置いた

 シュバト・エンリルは、

 その名の示すとおりスバルトゥ(シュバト)の地であった。

 スバル人が北方山岳の野蛮な民であったならば、

 なぜにやくやくそのような不便で危険な高原に
 
 南方の平野からやって来たセム系人が自分達の本拠地を築くだろうか。

 すでに見解を述べてきたように、

 この地方は商業的な交易の重要地点で魅力があったから首都を置いたのである。

 セム人が押し寄せる以前からスバル人たちは

 北メソポタミアからアナトリアへかけて

 商業的ネットワークを有効的に展開していたのである。

 紀元前二千年を過ぎた頃、

 私的組織が外国貿易に忙しく従事していたことが記録に報告されている。

 古アッシリアの王権に支配された商人達がアナトリアへ進出できたのは

 彼等がアッシリアの王権下に入った

 スバル人の一部であったからと考えられるのであり、

 スバル人の商業的ネットワークに便乗したのである。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 ハラフ期の土器につ い て
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur 

 《Key Word》

 シュバト・エンリル

2013年10月6日日曜日

グルジア-9


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:253頁

 第四章 グルジア-9

  今日まで、カルトイベリ諸語との関連を論議するに当たって

 現在のグルジアのある地籍コーカサスを当該地とする

 コーカサス諸語との呼称による捉え方が通例であったが、

 カルトイベリ人の中枢が紀元前五世紀頃までは

 北メソポタミアにあったこととを是認すれば、

 交流経緯を組み替えなければならないのである。

 本書はメソポタミアを含む西アジアの古代を考察するために

 既に多くのグルジア語の単語を参照にしてきた。

 また、北メソポタミアの牛頭あるいは牛角を崇拝する民族名を

 「カルトイベリ人」と延べ、

 その証明のための論証をここまで展開してきた。

 多くの歴史的資料を観てきた、この段階において、

 紀元前三千年以前における「カルトイベリ人」の存在を

 納得できるであろうか。

 彼等が古代文明の開拓者であったことを否定できるだろうか。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 ハラフ期の土器につ い て
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

2013年10月5日土曜日

グルジア-8


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:252頁

 第四章 グルジア-8

  また、南インドのドラヴィダ諸語、

 つまりタミール語との共通点について

 シュメル語を介して論議されている。

 大野晋が「日本語とタミール語」などで、

 このタミール語と日本語の共通性を論じたり、

 文法的に日本語とグルジア語、

 つまり、カルト人の言語が全く関係ないとはいえないことになる。

 突き詰めるところ、高床式神殿の呼称を『sinjer』と推測したが、

 それが祖語となり、諸言語を通って

 『じんじゃ(神社)』=『高床式神殿』

 となったことを全く否定しさることはできない。

 サンスクリット語の srnga (角) がその仲介語であろう。

 北シュメル・アルパチア遺跡の碗形土器に描かれた

 高床式建物は日本神道と関連していることとなる。

 ついでに述べておくが、

 ユダヤ教の聖堂シナゴーグ Sinagog も『sinjer』を祖語とするものと考える。




 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 ハラフ期の土器につ い て
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 高床式神殿
 高床式神殿

 神社
 神社

 シナゴーグ

グルジア-7


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:251頁

 第四章 グルジア-7

  聖ゲオルグ信仰はローマ時代を通じ西方にも広がり、

 「イベリア半島」でみた San Jorge 、

 ウェールズとアイルランドの間の海峡名 Saint Georgia 、

 また英国のキリスト教聖人となり国王の名称ジョージともなり、

 アメリカのアトランタのあるジョージ州の名となった。

 一方、ロシアのキリスト教ではユーリー教会など

 その威徳がが尊崇され続けている。

 ユーリーはゲオルグのロシア名である。

  グルジア語はカルトイベリ諸語の日一つといわれるが、

 先にみたようにウラルトゥ語との関連、シュメル語との関連、

 さらにイベリア半島のバスク語との共通性が追求されている。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 
 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

2013年10月4日金曜日

グルジア-6


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:250頁

 第四章 グルジア-6

  ゲオルゲはギリシャ語で農夫を意味するが、

 Gruzia はこのギリシャ語 γρογγε に由来する。

 紀元後三世紀にカッパドキアのリッダ Lydda の領主の息子に生まれ、

 ローマの将校となっていたゲオルゲが密かにキリスト教を信奉していたが、

 ローマ皇帝の迫害に抵抗したため捕らえられ、

 紀元前三〇三年頃パレスチナのベイルートに引かれていき斬首されたという。

 その行動は軍人の鑑と尊崇され、軍人の保護聖人とされた。

 その後キプロス島、イェサレム、エジプト、ビザンチン帝国に

 多くのゲオルグ教会が作られた。

 この聖人の出身の部族は

 アナトリアにいたイベリア人/カルト人の仲間であったかもしれない。

 イベリア国は逸早く紀元前四世紀にはキリスト教へと改宗した。

 ここに古来からの牛頭崇拝の慣習は停止されることとなった。

 だが、

 彼等の民族としての呼称は現在に至るまで引継がれているのである。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿 
 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部


『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 カッパドキア
 カッパドキア

グルジア-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:249頁

 第四章 グルジア-5

 また、第三のスヴァン人はヴァン湖、セヴァン湖方面にいた人々である。

 グルジア語で svam は「飲み込む」であるが、

 sevan 湖はその用語に従ったもので、van 湖はその北に sevan 山が

 あるとおり svam に係わる名称である。

 これはウルミア湖も同じであるが、両湖とも湖から流れ出す川はなく、

 湛えられた水はすべて地下に吸い込まれてしまう。

 以上の三民族の名称においても

 彼等が南方から移動して来たことを理解させる。

 トルコ領のアルダハン Ardahan 中心に

 イスラム教化したカルトイベリ人が住んでいるが、

 この町の名はウラルトゥ時代のハブリウリの町

 ムサシルのウラルトゥ語名アルダーニと同じであり、

 その両方には、その転訛 Artin 名の町もある。

  グルジア人の氏名の大きな特徴は

 「シュワル(十字)」

 「シュヴェリ(息子)」

 「シュビリ・アシュリ(娘)」

 「シュヴィリ(子供)」

 が付されていることで、

 スバルやその別称とされたシュバリと極めて親密である。

 二十世紀のソ連の政治家スターリンは同国ゴリ市の出身で、

 グルジア名をシュガシュヴェリといった。

 ゴルバチョフ首相の下で欧米諸国との間の冷戦を終局させた

 外相シュワルナーゼもグルジアの出身で、

 ソ連解体後帰国して大統領の職席に就いた。

 首都トビリシ市内にはゲオルゲシェヴェリ通りがある。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿 

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

2013年10月3日木曜日

グルジア-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:249頁

 第四章 グルジア-5

 また、第三のスヴァン人はヴァン湖、セヴァン湖方面にいた人々である。

 グルジア語で svam は「飲み込む」であるが、

 sevan 湖はその用語に従ったもので、van 湖はその北に sevan 山が

 あるとおり svam に係わる名称である。

 これはウルミア湖も同じであるが、両湖とも湖から流れ出す川はなく、

 湛えられた水はすべて地下に吸い込まれてしまう。

 以上の三民族の名称においても

 彼等が南方から移動して来たことを理解させる。

 トルコ領のアルダハン Ardahan 中心に

 イスラム教化したカルトイベリ人が住んでいるが、

 この町の名はウラルトゥ時代のハブリウリの町

 ムサシルのウラルトゥ語名アルダーニと同じであり、

 その両方には、その転訛 Artin 名の町もある。

  グルジア人の氏名の大きな特徴は

 「シュワル(十字)」

 「シュヴェリ(息子)」

 「シュビリ・アシュリ(娘)」

 「シュヴィリ(子供)」

 が付されていることで、

 スバルやその別称とされたシュバリと極めて親密である。

 二十世紀のソ連の政治家スターリンは同国ゴリ市の出身で、

 グルジア名をシュガシュヴェリといった。

 ゴルバチョフ首相の下で欧米諸国との間の冷戦を終局させた

 外相シュワルナーゼもグルジアの出身で、

 ソ連解体後帰国して大統領の職席に就いた。

 首都トビリシ市内にはゲオルゲシェヴェリ通りがある。


 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿
 

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).
  
 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》