2013年9月18日水曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(7)ベルベル人-2


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:216頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(7)ベルベル人-2

  現在のリビアの地中海にあるシルテ Sirte 湾は

 古代にはケルト Kert 湾であった。

 首都トリポリの西方にある Zuwarah は古代都市 sabrata の近くの町で、

 その名称の裏にスバルがある。

 リビアの西方、カルタゴのある国チュニジア及び首都チュニスは

 フェニキアのチュルスを移した地名である。

 チュニスからまた西方へ海岸を辿って行くと

 現在のアルジェリア国内になるが、 

 古代においてキルタ Cirta という町があった。

 ケルト湾、サブラタ、カルタゴ、チュニス、キルタは

 ケルト人に係わる固有名である。

 Carthago の名称についても「新しい都」を意味する

 Qart-hadasht をローマ人が訛って呼んだものとの見解も 

 出されているが妥当性は低いと思う。

 語幹はケルトで、語尾 -ago ないし -hago は

 クレタ島を称した Agia ないし Hagia に対応し、

 ギリシャのアルゴーナウティカ神話に登場するパイアーキアと

 関係すると考えられる。

 カルタゴの地域が数千年間にわたり繁栄した理由は、

 この地域に鉛が採れたからである。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 アルゴーナウティ神話

 パイアーキア

カルト(スバル)人の地中海進出(7)ベルベル人-1


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:215頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(7)ベルベル人-1

  ギリシャ神話で、クレタ島の神母エウロペーの父

 シリア・チュロスの王アゲーノールは

 リビュエーとポセイドンとの間に生まれた双生児の兄で、

 弟の名前はベーロス Βεμοσ, Bēlos であった。

  ベーロスはカルタゴの女王となったディードー Dido の父で

 また、アッシリアやペルシャの王として知られる。

 ベーロスはウガリット神話に支配的王として登場する

  Baal バール神の転訛名と考えてられている。

  神話上とはいえ、カルタゴの開祖がカナンばかりか

 アッシリア、ペルシャと結びつけられている伝承は重要である。

 フェニキア人の都市チュロスから

 アッシリアの圧迫に追われてカルタゴへ行き、

 同市が建設されたというのがこれまでの一般的理解であった。

 だが、同市の開闢は紀元前七世紀というような

 遅い時期ではなくかなり遡ぼるだろう。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 シリア・チュロス

 アゲーノール

 リビュエー

 ポセイドン

 ベーロス

 カルタゴ

 ディードー

2013年9月17日火曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-8


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:214頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-8

  後からやって来てローマの祖となったと神話上で語られる

 トロイの王アイネイアース、アスカニウス親子一族も

 クレタ島からトロイへ進出した

 地中海系人種(ケルト人)の一族であったかもしれない。

 神話によると、………………………………

 ラチーヌス王の父はファウヌスといい牧羊神である。
 
 アスカニウスの系譜から狼に育てられたという伝説を持つ

 ロームルスが生まれ、ローマの祖になったという。

 牧羊神ファウヌスはパーンとも呼ばれ、

 森の神で人間、家畜、農産物の多産・豊饒を司る。

 その姿は上半身が人間、しかし下半身には山羊の脚を持つ。

 人間と山羊を合体させた観念はクレタ島で人間と牡牛を合わせて

 ミーノータウロスを想像した発想と同じで、ラチウムの信仰が牡牛ではなく

 山羊であることを確証する伝説である。

  ラテン語で角を表す用語は cornu であるが、

 ローマ共和国時代紀元前二〇二年にザマの戦いで

 カルタゴのハンニバルを破ったスキピオを生んだ名族

 Cornellius 一族は「角崇拝」と関係があったのであろう。

 同族からはスキピオのほかスラ、グラッチィなど

 多くの有名な人々が輩出した。

  以上のようにみてくると、エジプトの史料に

 紀元前十五世紀以前、地中海東岸の南方地域を

 フル Hwrw ばかりでなく、レテヌ Rtnw とも呼び、

 Raphia という町があったことが知られているが、

 このフル(フルリ)人が住む地域をレテヌといったと解釈すれば、

 フルリはケルト人の呼称であるので、

 このレテヌの人々がラチウムへ移住し

 ラテン人 Latin となったとも考えられる。

 ラティアは luper と同類の用語であろう。

 また、 Rtnw は Rhethymna 、Raphia は lappa と

 クレタ島の地名にも対応する。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 アイネイアース

 アスカニウス

 ファウヌス

 ロームルス

 ザマの戦い

 カルタゴ

 ハンニバル

 スキピオ

 スキピオ家

 ラテン人

カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-7


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:213頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-7

  チベリス川の名称はケルト人の thveli 金属工がこの土地にやって来て

 青銅器の製作加工に係わったからだろうと思われる。

  ローマにおいては渦巻紋様が宗教的崇拝の象徴であった。

 ラテン語で「回転、渦巻」を表す用語が volvo で、

 建築などの装飾としての渦巻は volta と呼ばれた。

 古代の Voltar という町は現在 Velletr となり、

 マルタの首都名と同じで、渦巻十字紋を基礎にしていることを物語っている。

  渦巻がクレタ島のフェストスから出土した壺にみられるように

 山羊の角の抽象であることを確認しておきたい。

  ラテン語で白色を表す alba がラチウムの別名として使われ、

 チベリス川の別名であったり、都市名であったりした。

 アルプス山脈と絡めて alba と山と解釈する向きもあるが、

 牛頭である alpu の転訛とも考えられる。

 クレタ島の王ミノスの母はエウロペーで、同島の神母であるが、

 その呼称が alpu 牛頭の転訛と理解すれば、

 クレタ島の影響を受けたラチウムの別称 alba が alpu の

 転訛と判断してもおかしくはない。

 しかし、ラチウムには牛頭に係わる史料が他に見つからない。

 先住民の地中海系人は山羊信仰の人々であったのである。

 彼等は、クレタ島(Camares)やマルタ島の洞窟文化と共通する。

 さらにシャニダールの洞窟遺跡、サヴィ・チェミ遺跡を思い起させるが、

 祝祭による信仰心を持ってルペカールへやってきたのである。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 渦巻紋様

 渦巻十字紋

 クレタ島フェストス

 アルプス山脈

 クレタ島の王ミノス

 シャニダールの洞窟遺跡

2013年9月16日月曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-6


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:212頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-6

  ラチウムを流れる川はチベリス川 Tiberis で、

 現在の Tivoli の町は古代に Tibur と呼ばれた。

 この川はルーモ Rumo 川とも呼ばれたが、

 これは地中海系人種の後にやって来た人々によって同地域が

 ローマといわれるようになってからであろう。

 ローマは明らかにインド・インド・ヨーロッパ語系用語である。

 ドイツ語の革紐は Riemen で、サンスクリット語のroma ないし roman は

 「毛、体毛」を意味し、ラテン語の ruma,rumina に対応する。

 後からやって来たかれ等が先住民の祭儀ルペルカーリアに接し、

 「山羊の毛皮」の祭りの場として自分達の言葉でローマと呼んだのである。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語
 《Key Word》

 ルペルカーリア祭

 ローマの歴史

カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-5


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:211頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-5

  山羊はクレタ島との係わりを示唆する犠牲獣である。

 イダー山はゼウスが山羊によって育てられたとの伝承を持つ

 「山羊山」である。

 クレタ島の両岸にあるフェストスから出土した彩紋をほどこした壺には

 渦巻と大麦の穂を対角に交差させた十字紋が描かれているが、

 これは北メソポタミアのサマッラ期土器の意匠に類似しており、

 渦巻は山羊の角を象徴しているように思える。

 山羊に対する想念を土器の意匠にたくさん描いたのはシュメル地方の東、

 スーサである。

 スーサは「大麦の種」の意味であるが、

 ヒゲと大きな日本の角を付けた山羊の横からの姿が

 紀元前四千年前の広口深鉢に四面描かれ、

 大書きされた角の円形の中に大麦の穂は対になって一つの想念を表している。

 その構成を持つ彩文土器がスーサから遠く離れた北方のテヘランに近い

 テーペ・ヒサールからも見つかっている。

 イランの高原とクレタ島との関係を論ずることは困難であるが、

 スーサ出土の広口深鉢には山羊の意匠とともに走り回る犬の姿も描かれており、

 ルペルカーリアにおいて山羊と犬が供犠される事実と関係がありそうである。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿


 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 ヨーロッパ フォト紀行・英 紅炎

 サマッラ期土器

 スーサ
 スーサ
 フーゼスターン州

 彩文土器・ヤギ文様

 イランの彩文土器

 テペ・シアルク

 シアルク

 SIALK

 仕歩く

 さろく

 さるく

 歩き回る

2013年9月15日日曜日

カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-4


 『Yahoo!天気・災害』

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:210頁

 第三章 カルト(スバル)人の地中海進出(6)ラチウム(ローマ)-4

  Luper はラテン語では狼であるが、この祭儀の Luper とは

 「山羊の毛皮から切り取られた細紐」であることが理解できる。

 その同義語にはマルタ語の他にギリシャ語の ruta 手綱、鞭、

 英語の lash 鞭紐などが挙げられる。

 また、紐は fever と称されるというが、

 この語はマルタ語の habel 網に対応する。

 マルタ語に ghal アール という「洞窟」を表す用語がある。

 これは Lupercal の cal に対応する。

 よって、この祭儀の名は「山羊の毛皮鞭の洞窟際」ということになる。

  祭司達は「山羊の毛皮を腰に巻く」が、

 これはアナトリアのチャタル・フユクの遺跡の牡牛を大書した壁画で

 猟人や祭司達が毛皮を腰に巻いて走り回っている風景や

 アルパチヤ遺跡の碗形土器に描かれた猟人の姿を思い出させる。

 若者の額に犠牲のされた山羊の血が塗られが、これは血をぬることにより

 「山羊の権化」あるいは「神人」になるための儀式である。

 この神人は Cali ないし Caro-dei と呼ばれるが、

  Caro は肉のことで屠殺をも意味する。

 洞窟で聖餐が行われるのであるから、

 この祭りは明らかに祝祭で、

 キリスト教が布教された後のローマでは謝肉祭となり、

 カトッリク教の重要な儀式となり、

 現在カーニバルとして世界各地にその名称のお祭りが行われている。

 ARPACHIYAH 1976:高床式神殿

 牛頭を象った神社建築の棟飾部



 『参考』

 Tell Arpachiyah (Ir aq).

 まんどぅーかネット

 シュメル絵文字 

 シュメル語・日本語

 《Key Word》

 イラク・イラン遺跡調査団―旧大陸文明の起源