2013年4月30日火曜日

ははき木(6)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:5頁

 はじめに:ははき木(6)

  日本の古代史とはいえ、

 その考察には記紀、風土記を初めとする日本の古代資料は元より、

 諸外国の歴史をも参考にしなければならない。

 三国史記、三国遺事など韓半島の史料、

 書経詩経、史記、漢書、魏書などの歴記、ベトナムの大越史記全書、

 インドの古代史料であるリグ・ヴェーダなどの聖典から

 ミリンダ王の問いに至る仏教経典とその伝承、

 さらにメソポタミア、ユダヤ、ギリシャの史料にまで

 考察の対象を広げなければならない。

 当然、これらの史料を成立させている言語は重要なデータの母体である。

 さらに重要な史料の地名である。

 地名や神社名は有言の歴史的事件の語り手である。

 例えば、日本の古代王権の中心地とみなされている。

 奈良県は大和(やまと)国と呼ばれたが、このヤマトやナラでさえ、

 なぜヤマトやナラと呼ばれたのか解明されていない。

 《Key Word》

 三国史記

 三国遺事

 書経詩経

 史記

 漢書

 魏書

 ベトナムの大越史記全書

 リグ・ヴェーダ

 聖典

 ミリンダ王の問い

 仏教経典

2013年4月29日月曜日

ははき木(5)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:4頁

 はじめに:ははき木(5)

  さて、この shiken / shikin の原語を追求したところ、

 インドの古代言語サンスクリット語 sikhin に由来するのが結論で、

 その意味は「智恵」である。

 また「智度」は同じくサンスクリット語の citta の音写で智恵を表す。

 さらに智恵、智識を表す用語として jñana があり、

 これこそ「シナノ」へ転訛した言語で、

 科濃の呼称の大元が阿智村智里であると述べた理由である。

 阿智神社の東を流れる川の名が梨子野川で、北方に梨子野山がある。

 また、阿智村の北に清内路村がある。

 この二つの地名は jñana の転訛であり、

 「シナノ」名を補足するものである。

  ところで、

 サンスクリット語を祖語とする用語が神名に付されているのは、

 仏教が渡来し、

 本地垂迹説が広がり影響した後の名称ではないかとの疑問が起こってくる。

 その妥当ではないことは、記紀の成立年代を考慮すれば明白になる。

 古事記は712年、

 日本書紀は720年に本地垂迹説が広がり始めるより

 100年余り前のことである。

 《Key Word》

 科濃・信濃

 梨子野川

 梨子野山

 阿智村智里

 清内路村

2013年4月28日日曜日

ははき木(4)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:3頁

 はじめに:ははき木(4)

 「安布智」は「大智」と解釈できる。

 また、「大智」いえば大智度論が想起されるが、

 これはインドの大乗仏教僧で漢名「龍樹」と呼ばれたナーガルジュナが著し、

 中央アジア地方から唐の長安に来たといわれる

 鳩摩羅汁(くまらじゅう)が漢訳した大品般若経の注釈書である。

 ここで問題は阿智神社が仏教寺院ではないことである。

 古来日本固有の宗教とされる神道の神社に智恵の神、

 仏教の般若の神が祀られていることが問題である。

 祭神名思兼と思金は異字同声である。

 両神名を音読みしてみると思兼 shiken 、思金は shikin で語幹は同じ、

 語尾が ken 、 kin と異なるといえ、これもほとんど同声である。

 このように日本固有の神道の神々の呼称を音訓化するなど

 異称から考察することが意義あることか検討してみる必要がある。

 この今までなされてこなかった手法で

 記紀神話を初めとする古代史に挑戦してみたのが本書である。

 特に西暦でいう一、二、三世紀の歴史は実に「箒木」で、

 時間的に過去のできごという絶対的条件もあり、

 「有りて無きもの、無きて有るもの」である。

 《Key Word》

 大智度論

 龍樹=ナーガルジュナ

 鳩摩羅汁(くまらじゅう)

 大品般若経

 阿智神社

 記紀神話

 大乗仏教

2013年4月27日土曜日

ははき木(3)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:2頁

 はじめに:ははき木(3)
 
  阿智村智里こそは長野県の呼称信濃あるいは科野<シナノ>という

 名称の起こる大元と考えられるのである。

  智里はかって智里村といっていたが、

 その鎮守として昼神地区に阿智神社が前宮奥宮に分かれ祀られている。

 平安時代十世紀の延喜式神名帳に記載されている古い神社で、

 祭神は八意思兼(やごころのおもいかね)命、天表春(あまのおもはる)命が

 主神として祀られている。

 思兼神は、日本書紀の天石窟戸(あまのいわやど)、

 邇邇芸命(ににぎのみこと)の天孫降臨の段に登場する

 八百萬神(やおよろずのかみ)中第一の智恵神である。

 古事記においては

 邇邇芸命の天孫降臨の段の常世思金(とこよおもいかね)神と称され、

 高木神からは

 「思金は前(さき)の事取り持ちて、政(まつりごと)を為(せ)よ」と託され、
 
 また、「高御産巣日の子、思金神命」と表されている神である。

 高木神と高御産巣日神は同神として知られる。

 風土記逸文にみえる「その原」は園原で

 智里から神坂峠へ向かったその半場に位置するが、

 そこからさらに横川川を遡った山峡横川地籍に安布知神社が鎮座する。

 祭神は阿智神社と変わらない。

 《Key Word》

 阿智神社

 延喜式神名帳

 八意思兼(やごころのおもいかね)命

 天表春(あまのおもはる)命

 天石窟戸(あまのいわやど)

 邇邇芸命(ににぎのみこと)

 天孫降臨

 八百萬神(やおよろずのかみ)

 古事記

 常世思金(とこよおもいかね)神

 高木神

 思金神命

 高御産巣日神

 風土記逸文

 「その原」園原


 

 

ははき木(2)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:1頁

 はじめに:ははき木(2)

 般若心経は「大唐西域記」で知られる唐の僧玄奘(げんじょう)が

 西暦629年から645年にかけて現在の中央アジア・インドを

 旅行した後に漢訳した「般若波羅蜜多心経」のことで、

 般若はサンスクリット語 prajna を音写した

 「智恵」を意味する用語である。

 箒木がこの「智恵」の表徴であることが理解できるであろう。

  美濃国は信濃国の境(界)

 「その原ふせやしとはどこだろうだろうか。」

 現在の長野県下伊那郡阿智村園原、智里伏谷のことである。

 古代東山道の美濃、現在の中津川市神坂から県境の神坂峠を越えて

 信濃へ入ったばかりの山岳地に位置している。

 現在この村は中央自動車道が貫通しており、

 トンネルに関する掘削から道路管理まで日本の最新知識と技術が

 結集されて建造された恵那山トンネルと網掛トンネルが

 道路距離の半分を占めている。

 だが、古代においては、

 東山道の東国へ旅する第一の険阻な関門であった。

 そして神坂峠は信濃国への入り口でもあった。

 《Key Word》

 般若心経

 大唐西域記

 玄奘(げんじょう)

 般若波羅蜜多心経

 般若

 サンスクリット語

 prajna

 智恵

 阿智村園原、智里伏谷

 中津川市神坂

 神坂峠

2013年4月25日木曜日

ははき木(1)



 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―

 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 執筆時期:1999~2000年

 牛角と祝祭・その民族系譜:0頁

 はじめに:ははき木(1)

  「件木(くだんのき)は美濃信濃両国界、

   その原ふや世やと云所にある木なり。

   とほくてみれば、ははきをたてたるやうにたてり。

   ちかくてみれば、それに似たる木もなし、

   然れば、ありとはみれどあはぬ物たとへ侍り」

  八世紀の前半、奈良時代に編まれた

 「風土記」信濃国逸文「ははき木」の一説である。

 遠くから見ると箒(ほおき)立てたような形のような木があるが、

 近づいて見ると、そのような木は見えない。

 それ故に、

 あると見えているが、会うことができない物に例えられているという。

 紫式部「源氏物語」の「箒木」巻は

 この逸文に依って名づけられたものである。

  さて、この箒木を概念的に解釈すれば、

 「有りて無きもの、無きて有るもの」ということになる。

 まさに、「色即是空、空即是色」で般若心経の真髄を表わしている。

 《Key Word》

 「風土記」信濃国逸文「ははき木」

 ははき木

 風土記

 紫式部

 源氏物語

 箒木

 色即是空、空即是色

 般若心経