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《参考:年表・資料》
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『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:1079~1086頁
第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》
「イナ(稲)」もヘブライ語の INN(雲)が祖語で、
「韓国伊太氐神社と杵築神社」で」解いた
島根県斐川町に鎮座する伊努神社名となっている。
稲光は「雲の光」、<稲妻>は「雲の糸」となる。
また、「雷」は漢音(甲骨文字)においては
「デン田」であるが、
現中国語の lei、日本語の「ライ」は
メソポタミアを祖地として、
ヘブライ語では RIM(raim) といい、
「雷名、轟き」となって渡来したもので、
「ライメイ」はその事情を物語っている。
それは「前橋と利根」などで解いた
「トネ」の祖語 DVNIR と同義である。
以上の理解から鷲宮神社においては
ヤハウェ神の顕在としての稲光である。
雷電神が奉祀されてるものと考える。
前述の大利根町や北川辺町に縁社が多いのは、
それらの北方群馬県邑楽郡板倉町に
雷電神社が鎮座していることに係わる。
同社は関東平野に広がっている同名社の総本社である。
鎮座地雲間は「ハサマ」といい、
ヤハウェ神を直接に呼ばないための称
HShM の音写の呼称で、
当社もイスラエル人の信仰に係わりがある。
郡名の邑楽は「オウラ」で、
「光、光明、明かり」を表わすヘブライ語の
AVR の音写である。
鎮座地付近の地名大曲(おおまがり)は「オウワ」で
鷲宮町の大輪に対応する。
板倉の「倉」は「声」にして、
ここでは「神の声」を表わす KYLVT の音写である。
「板」は
モーセがシナイ(ホレブ)山頂で神より授けられた
十戒を刻印された石板の意訳で、
「板クラ」は「神の石板の声」の字義であり、
やはり、ヤハウェ神の顕在としての雷音である
雷神性を背景にした名称である。
邑楽郡の名は
「続日本紀」神護景雲3年(769)4月27日が初出で、
「和名類聚抄」には「於波良岐」と訓まれている。
これは AVRKVLY の音写でAVRとKVLが合成された
「光と音の」を意味し、「雷」である。
現在の地名大蔵はその遺称であろう。
藤原京出土の木簡にある「大荒木評」が
当地の古名とすれば AVR-ALKYM の音写で
「神の光明」の字義である。
前橋市の雷電神社を含め、
この地方に渡来したイスラエルの人々は、
雷の多い自然環境を考え、ヤハゥエの神の名を潜ませて
雷電神として祀ったのである。
鷲宮神社においては「雷名」を神社」名としたのである。
雷鳴を表わすのに「ごろごろ」という擬音がある。
KVLY-KVLVT(声の声)の音写で「豪音」のことである。
ついでに物をころがす擬音「ごろごろ」も
ヘブライ語の GLGL 由来で、
その字義は「回転するもの、輪、車輪」である。
鷲宮神社に近い地名葛梅(くずうめ)は
「クズメ」とも呼ばれるが
これは ARTs-HTsVY (土地-麗しい)でイスラエルを意味する
HTsVI をガド族の「葛」(-vi梅:バイ)を含めて
音写したものであり、ここがイスラエルと同様
彼らが麗しの土地だと物語っているのである。
鷲宮神社では例年12月に大酉祭りが催され、
同社は「お酉様」の本社でもある。
既に安来市の飯島町や「福島:伊達と安達」において
ヤハゥエ神が
福や恵みをもたらす神であることを紹介したが、
その典型的な祭事が「お酉様」である。
この祭事はどこの神社においても
酉の日に行われているが、
それは語呂合わせに始まったことで
「トリ」の本来の姿は「律法」 TVRH にある。
東京都足立区保木間では
鷲神社と表記し「オオトリ」と呼ぶ。
「保木間」は「お酉様」の祭神をよく明かしている。
つまり「ホキマ」は
「志摩のダンダラボーシと天白社」で解いた
「智恵者、賢者」の Kh(H)KhM に依るからである。
祭礼では熊手が商売繁昌のお守りとして授けられる。
「かっこめ」、「はっこめ」と別称されている。
まさに、Kh(H)KhM の音そのものである。
目黒区下目黒では大鳥神社と表記する。
同社の背景は「浅草と目黒」で紹介する。
熊手のヘブライ語は MGRPhH ないし MGVV だが、
千束の鷲神社の北方、三河島名は MGRPhH-HShM で、
「神の熊手」の字義である。
以上のように鷲宮神社は人々(信仰者)を多く集合させ、
神の至福を授ける性格を持っている。
同社のこのような背景を考慮すると、
創建当初の神社名「神埼」は「集会所、教会」である
KNSYH の音写「カネサキ」であったと考える。
同語は「韓国伊太氐神社と杵築神社」で取りあげた
杵築(キネツキ)の祖語でもある。
ユダヤ教の教会は現在シナゴーグと呼ばれている。
これはギリシャ語の派生語だが、
同町上内の「砂原」はその転訛であろう。
これは信仰と関係ないが、
町内の八甫(はっぽう)名はヘブライ語の HTsPhH の音写で
「水浸し、洪水」の字義であり、
中川沿いの湿地地帯であったことを示している。
ここでの中川は中妻の場合と同じく、
NGH の音写で「光川」であろう。
鷲宮地域はイスラエルの人々の
宗教的麗しの地であったのである。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
ブログのタイトル「大学院講義歴史(創世紀)」は、 日本は平成から西暦2019年に元号が令和に御代代わりしました。 また20世紀も20年前に終わりました。 21世紀は日本にとっても私にとっても「黄金の世紀」です。 「黄金の世紀」に向ってそれぞれが邁進しましょう。 第二次世界大戦(日本にとっては大東亜戦争)が終了して75年目を迎えました。 更に2018年は明治維新からは150年になります。 この間の19世紀20世紀の日本の諸外国との政治外交の歴史は 事により未だ不透明な霧に覆われたままであります。 現在、日・中・韓で歴史認識が問題になっていますが それぞれの当時国が真実の歴史は何であるかの認識にたって 真剣に物事を考え、発言しないと言うだけでは問題の解決にはならない。 令和2年4月吉日
2016年2月17日水曜日
2016年2月11日木曜日
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》②
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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:1079~1086頁
第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》
三日目の朝となって、雷と稲妻と厚い雲とが
山の上にあり、ラッパの音が、甚だ高く響いたので
宿営にいる民は皆震えた。
モーセが民を神に会わせるために、
宿営から導き出したので、彼らは山の麓に立った。
シナイ山は全山煙った。
主が火のなかにあって、その上に下られたからである。
その煙は、
かまどの煙のように立ち上がり、全山激しく震えた。
ラッパの音が、いよいよ高くなったとき、
モーセは語り、神は雷をもって彼に答えられた。
主はシナイ山の頂きに下られた。
そして主がモーセを山の頂に召されたので、
モーセは登った。
その山頂でモーセは十戒を授与される。
「出エジプト記」第20章18はまた言う。
20:18
「民全員は、雷鳴がとどろき、稲妻が光り、
角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる有様を見た。
民は見て恐れ、遠く離れて立った。」
民はその時神の語ったことに聞き従うようになった。
この神の顕在である
「雷」と「稲妻」を崇拝しているのが
雷電神社と鷲宮神社である。
騎西町の東方に
加須市(北)、久喜市(南)、栗橋市(東北)に囲まれて
北葛飾郡鷲宮町がある。
この町名は同町鷲宮一丁目に鎮座する鷲宮神社に由来する。
同社はこの地方で最も古い神社と伝えられ、
その北側の北埼玉郡の大利根町、北川辺町に散在する
鷲神社の本社である。
「御由緒」は
「出雲族の草創に係わる関東最古の神社である。
神代の昔に天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、
昌彦、昌武父子他27の部族等を率いて
当地に神埼神社(大己貴命)を祀り、
さらに天穂日宮の御霊徳を崇め、
別宮を建てて奉祭したのに始まる」
と説明している。
これに依ると現摂社の神埼神社を大己貴命を
祭神として創建されたことになる。
大己貴命は久伊豆神社、玉敷神社の祭神で、
既に解き明かしたように大国魂神の別称であるから、
鷲宮神社もイスラエル人の信仰に関係はあるとみえる。
神埼の背景については後に述べる。
「鷲宮」名は新編武蔵風土記稿が社殿として
土師連が奉祭することから
「土師宮」が「ワシ宮」に変名したと記している。
しかし、以下に解明する事情に依ると
それは単なる語呂合わせに過ぎず、
別の理由に依るものである。
鷲宮の周辺の地名である、
かっては一つの村の地名であった東大輪、西大輪の
「オウワ」はヘブライ語の IOV の音写で「雲」を表わす。
上内(ウワウチ)の「ウワ」も同語の」転訛で
「ウチ」は ATR(autuar) の音写で
「位置が定められる、(場所が)局限される」の意義で
「ウワウチ」は「動かない雲、留まっている雲」
となる。
民数記第10章33、34は契約の箱のある所を
神の雲が覆って動かなかったと記している。
契約の箱
10:33
人々は主の山を旅立ち、三日の道のりを進んだ。
主の契約の箱はこの三日の道のりを彼らの先頭に進み、
彼らの休む場所を探した。
10:34 彼らが宿営を旅立つとき、
昼は主の雲が彼らの上にあった。
10:35
主の箱が出発するとき、モーセはこう言った。
「主よ、立ち上がってください。
あなたの敵は散らされ/あなたを憎む者は
御前から逃げ去りますように。」
10:36
その箱がとどまるときには、こう言った。
「主よ、帰って来てください/イスラエルの
幾千幾万の民のもとに。」
さらに中妻の「ナカ」は NGH (光、光輝)、
「ツマ」TsMR (羊毛、毛糸)の音写で、
「ナカツマ」は「光の糸」となる。
これは「稲妻」を表わす。
羊毛は縮れ毛であるし、毛糸はけば多く、
稲光を形容するのに相応しい。
第12章 大国主神と大物主神 で
奈良県桜井市の三輪大社を紹介した際、
その赤幣が稲妻であると述べたが、
形容がギザギザであるからである。
筆者は少年時代何度も緬羊を飼育し、
その毛を刈り取ったことがあるのでよく解る。
あの経験がなければ、
この解釈にならなかっただろう。
次が最も重要だが、
ヘブライ語のハヤブサ(鷲)を表わす用語
VZ(vaz) で日本語の「ワシ」はこれが祖語と考えられ、
これに近似した用語に VZK(vazak) があり、
(稲光、稲妻、雷)を表わすのである。
これが鷲宮名の背景である。
「ワシ」は稲光のことである。
依って「鷲宮」は「稲光の宮」と理解でき、
正に雷電宮である。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
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第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》
三日目の朝となって、雷と稲妻と厚い雲とが
山の上にあり、ラッパの音が、甚だ高く響いたので
宿営にいる民は皆震えた。
モーセが民を神に会わせるために、
宿営から導き出したので、彼らは山の麓に立った。
シナイ山は全山煙った。
主が火のなかにあって、その上に下られたからである。
その煙は、
かまどの煙のように立ち上がり、全山激しく震えた。
ラッパの音が、いよいよ高くなったとき、
モーセは語り、神は雷をもって彼に答えられた。
主はシナイ山の頂きに下られた。
そして主がモーセを山の頂に召されたので、
モーセは登った。
その山頂でモーセは十戒を授与される。
「出エジプト記」第20章18はまた言う。
20:18
「民全員は、雷鳴がとどろき、稲妻が光り、
角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる有様を見た。
民は見て恐れ、遠く離れて立った。」
民はその時神の語ったことに聞き従うようになった。
この神の顕在である
「雷」と「稲妻」を崇拝しているのが
雷電神社と鷲宮神社である。
騎西町の東方に
加須市(北)、久喜市(南)、栗橋市(東北)に囲まれて
北葛飾郡鷲宮町がある。
この町名は同町鷲宮一丁目に鎮座する鷲宮神社に由来する。
同社はこの地方で最も古い神社と伝えられ、
その北側の北埼玉郡の大利根町、北川辺町に散在する
鷲神社の本社である。
「御由緒」は
「出雲族の草創に係わる関東最古の神社である。
神代の昔に天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、
昌彦、昌武父子他27の部族等を率いて
当地に神埼神社(大己貴命)を祀り、
さらに天穂日宮の御霊徳を崇め、
別宮を建てて奉祭したのに始まる」
と説明している。
これに依ると現摂社の神埼神社を大己貴命を
祭神として創建されたことになる。
大己貴命は久伊豆神社、玉敷神社の祭神で、
既に解き明かしたように大国魂神の別称であるから、
鷲宮神社もイスラエル人の信仰に関係はあるとみえる。
神埼の背景については後に述べる。
「鷲宮」名は新編武蔵風土記稿が社殿として
土師連が奉祭することから
「土師宮」が「ワシ宮」に変名したと記している。
しかし、以下に解明する事情に依ると
それは単なる語呂合わせに過ぎず、
別の理由に依るものである。
鷲宮の周辺の地名である、
かっては一つの村の地名であった東大輪、西大輪の
「オウワ」はヘブライ語の IOV の音写で「雲」を表わす。
上内(ウワウチ)の「ウワ」も同語の」転訛で
「ウチ」は ATR(autuar) の音写で
「位置が定められる、(場所が)局限される」の意義で
「ウワウチ」は「動かない雲、留まっている雲」
となる。
民数記第10章33、34は契約の箱のある所を
神の雲が覆って動かなかったと記している。
契約の箱
10:33
人々は主の山を旅立ち、三日の道のりを進んだ。
主の契約の箱はこの三日の道のりを彼らの先頭に進み、
彼らの休む場所を探した。
10:34 彼らが宿営を旅立つとき、
昼は主の雲が彼らの上にあった。
10:35
主の箱が出発するとき、モーセはこう言った。
「主よ、立ち上がってください。
あなたの敵は散らされ/あなたを憎む者は
御前から逃げ去りますように。」
10:36
その箱がとどまるときには、こう言った。
「主よ、帰って来てください/イスラエルの
幾千幾万の民のもとに。」
さらに中妻の「ナカ」は NGH (光、光輝)、
「ツマ」TsMR (羊毛、毛糸)の音写で、
「ナカツマ」は「光の糸」となる。
これは「稲妻」を表わす。
羊毛は縮れ毛であるし、毛糸はけば多く、
稲光を形容するのに相応しい。
第12章 大国主神と大物主神 で
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その赤幣が稲妻であると述べたが、
形容がギザギザであるからである。
筆者は少年時代何度も緬羊を飼育し、
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あの経験がなければ、
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次が最も重要だが、
ヘブライ語のハヤブサ(鷲)を表わす用語
VZ(vaz) で日本語の「ワシ」はこれが祖語と考えられ、
これに近似した用語に VZK(vazak) があり、
(稲光、稲妻、雷)を表わすのである。
これが鷲宮名の背景である。
「ワシ」は稲光のことである。
依って「鷲宮」は「稲光の宮」と理解でき、
正に雷電宮である。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
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本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
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ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2016年2月8日月曜日
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》➀
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第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《鷲宮神社と板倉の雷電神社》
「出エジプト記」第19章・20章には
モーセがシナイ山において」
『十戒』を伝授された出来事が語られている。
神はモーセに伝える。
「今日と明日、彼らを清め、彼らにその衣服を洗わせ、
三日目に備えなさい。
三日目に主がすべての民の目の前で
シナイ山を下るからである。」(19:10&19:11)と。
民が身を清めて備えた三日目の情景について
次のように語られている(19:16~19:20)
19:10
主はモーセ 19:10 19:10に言われた。
「民のところに行き、今日と明日、
彼らを聖別し、衣服を洗わせ、
19:11
三日目のために準備させなさい。
三日目に、民全員の見ている前で、
主はシナイ山に降られるからである。
19:12
民のために周囲に境を設けて、命じなさい。
『山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。
山に触れる者は必ず死刑に処せられる。
19:13
その人に手を触れずに、石で打ち殺すか、
矢で射殺さねばならない。
獣であれ、人であれ、生かしておいてはならない。
角笛が長く吹き鳴らされるとき、
ある人々は山に登ることができる。』」
19:14
モーセは山から民のところに下って行き、
民を聖別し、衣服を洗わせ、
19:15
民に命じて、「三日目のために準備をしなさい。
女に近づいてはならない」と言った。
19:16
三日目の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み、
角笛の音が鋭く鳴り響いたので、宿営にいた民は皆、
震えた。
19:17
しかし、モーセが民を神に会わせるために
宿営から連れ出したので、彼らは山のふもとに立った。
19:18
シナイ山は全山煙に包まれた。
主が火の中を山の上に降られたからである。
煙は炉の煙のように立ち上り、山全体が激しく震えた。
19:19
角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、
モーセが語りかけると、神は雷鳴をもって答えられた。
19:20 主はシナイ山の頂に降り、
モーセを山の頂に呼び寄せられたので、
モーセは登って行った。
19:21 主はモーセに言われた。
「あなたは下って行き、民が主を見ようとして越境し、
多くの者が命を失うことのないように警告しなさい。
19:22
また主に近づく祭司たちも身を清め、
主が彼らを撃たれることがないようにしなさい。」
19:23
モーセは主に言った。
「民がシナイ山に登ることはできません。
山に境を設けて、
それを聖別せよと
あなたがわたしたちに警告されたからです。」
19:24
主は彼に言われた。
「さあ、下って行き、
あなたはアロンと共に登って来なさい。
ただし、
祭司たちと民とは越境して
主のもとに登って来てはならない。
主が彼らを撃つことがないためである。」
19:25
モーセは民のもとに下って行き、彼らに告げた。
20:1
神はこれらすべての言葉を告げられた。
20:2
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、
奴隷の家から導き出した神である。
20:3
あなたには、
わたしをおいてほかに神があってはならない。
20:4
あなたはいかなる像も造ってはならない。
上は天にあり、下は地にあり、
また地の下の水の中にある、
いかなるものの形も造ってはならない。
20:5
あなたはそれらに向かってひれ伏したり、
それらに仕えたりしてはならない。
わたしは主、あなたの神。
わたしは熱情の神である。
わたしを否む者には、
父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、
20:6
わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、
幾千代にも及ぶ慈しみを与える。
20:7
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。
20:8
安息日を心に留め、これを聖別せよ。
20:9
六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、
20:10
七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、
いかなる仕事もしてはならない。
あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、
あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。
20:11
六日の間に主は天と地と海とそこにある
すべてのものを造り、七日目に休まれたから、」
主は安息日を祝福して聖別されたのである。
20:12
あなたの父母を敬え。
そうすればあなたは、あなたの神、
主が与えられる土地に長く生きることができる。
20:13
殺してはならない。
20:14
姦淫してはならない。
20:15
盗んではならない。
20:16
隣人に関して偽証してはならない。
20:17
隣人の家を欲してはならない。
隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど
隣人のものを一切欲してはならない。」
20:18
民全員は、雷鳴がとどろき、稲妻が光り、
角笛の音が鳴り響いて、山が煙に包まれる有様を見た。
民は見て恐れ、遠く離れて立ち、
20:19
モーセに言った。
「あなたがわたしたちに語ってください。
わたしたちは聞きます。
神がわたしたちにお語りにならないようにしてください。
そうでないと、わたしたちは死んでしまいます。」
20:20
モーセは民に答えた。
「恐れることはない。
神が来られたのは、あなたたちを試すためであり、
また、あなたたちの前に神を畏れる畏れをおいて、
罪を犯させないようにするためである。」
20:21
民は遠く離れて立ち、
モーセだけが神のおられる密雲に近づいて行った。
20:22
主はモーセに言われた。
イスラエルの人々にこう言いなさい。
あなたたちは、わたしが天からあなたたちと語るのを見た。
20:23
あなたたちはわたしについて、何も造ってはならない。
銀の神々も金の神々も造ってはならない。
20:24
あなたは、わたしのために土の祭壇を造り、
焼き尽くす献げ物、和解の献げ物、羊、牛を
その上にささげなさい。
わたしの名の唱えられるすべての場所において、
わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。
20:25
しかし、もしわたしのために石の祭壇を造るなら、
切り石で築いてはならない。
のみを当てると、石が汚されるからである。
20:26
あなたは、階段を用いて祭壇に登ってはならない。
あなたの隠し所があらわにならないためである。
《久伊豆神社と「十戒」》②
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《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ(History)
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:1068~1078頁
第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《久伊豆神社と「十戒」》
加須市の北川は羽生市である。
この「ハニュウ」は「ミデアンの祭司」を表わす。
ヘブライ語の FhHNH(fehnah) が
その祖語で「祭司職」である。
市中央部羽生南に接する秀安(ひでやす)は
騎西町の日出安と同じく「ミデアンMDIM」である。
羽生北に鎮座する大天白神社は
「志摩のダイダラボーシと天白社」でみたように
ヤハゥエ神を祭祀した社名である。
秀安の西隣り加羽ケ崎は、
「加羽」が KBS(kebes、羊・緬羊) 、
「崎」は SH(sak) で「子羊・小やぎ」で、
「羊の子羊」を表わす。
桑崎・川崎(上下)はこれと同様か、
KBSH(kibesah 羊・緬羊)に依るものであろう。
小松・小松神社は「モーセ五書」に由来する Khmesh を、
岩瀬も ISRH(Iasah 十) で、「十戒」を表わす。
手小林:てこばやし(上中下)名は「トネリン」で、
「トネ」は、雷を表わす DYNIR(diner) で、
これは利根川の「トネ」とも同根である。
「リン」は RIM(rime) で「雷名、轟王」を表わす。
域内の雷電宮(上手小林)、
音無神社 DYNIR(同)はそれを示している。
「羽生」はまた「ハブ」とも訓まれるが、
これは「ホレブ」の転訛であろう。
字(あざ)名「発戸(ほっと)」は「ハブ」か「こだま」の
HD(hed)に係わるものだろう。
須影、小須賀は子羊を表わす SH が元になっているが、
この地名は羽生市の西側行田市の東北端利
根川沿いの須加にも継がれている。
同市の東端に位置する
太田、小針の地名は前述に同じである。
若小玉は正に「こだま」に係わっている。
その域内に鎮座する勝呂(すぐろ)神社の「スグロ」は、
本書ではこれまで説明していないが、
メソポタミアのチグリス川、ユーフラテス川の上流
スバルトゥ、ハブールに祖地を持った
グルジアの人々の「泉」を表わす
tsgra と祖語を同じくしている。
同神社の東方にある竜泉寺がそれを傍証している。
"ts"はツ"と日本語では訓んでいる。
菖蒲町で挙げたシオンは
ヘブライ語でTsYVN(ツィボン)であり、
エルサレムの代名詞であるシオンへ帰り
イスラエルの建国に当たろうとする運動を日本では
「シオニズム」と表記する。
よって、「勝呂 tsgra」は「シロ、白」となり、
「白川戸」の語頭となっている。
「川戸」は「カワベ」でヘブライ語の「星」を表わす
KhVKhB(kvhave)の音写であり、
「白川戸」は「泉‐星」を表わす。
行田市の北面に位置する北埼玉郡南河原村に
江戸時代まで勝呂神社と称された河原神社が鎮座する。
「河原」も KhVKhB を祖語とする。
村内の馬見塚名は「泉」を意味する
MBVI(mavui) に係わっている。
埼玉県東北端にある川辺町名の遺るように
北埼玉郡や北足立郡などに
「河辺、川辺、川戸」などが用いられてきたが、
これらの多くは
「星」あるいは「泉星/井星」を表わしている。
菖蒲町から白岡町・久喜市境を星川が流れるが、
「河原井」の地名がここにあり、「星‐井」の字義である。
因みに白岡は「岡泉」の地名があるように
「岡‐泉/白」である。
星川は本来現在の見沼代用水の古名であり、
江戸時代には天神河原用水と表記されている。
「星神」の字義である。
現在においても星川(上星川)は
行田市荒木で利根川へ合流するまで
行田市および同市と南河原村の境を成して
その水源は熊谷市である。
同市の中央部熊谷駅近くに
「星川」の町が置かれている事からも
同地域にとって同名がいかに重要であるかが解る。
星川の水源は上之(かみの)地区にある。
「上之」は
台東区の上野、三重県上野市、同市上之荘も同じで
「泉」を表わすヘブライ語の IYN(Iayen) の転訛である。
実際上之村では多くの泉が涌いていたと記録にある。
またこの辺りは那珂川郷であったとみられており、
「ナカ」はヘブライ語 NHR(nahar) に依り、「川」を表わす。
上之に接し、川上名があり、泉、川の関係がみられる。
三重県の名張市名はこの NHR(nahar) に依拠する。
現在名雷電神社は明治2年まで久伊豆神社と呼ばれている。
この地域に久伊豆神社信仰が行われていたことが解る。
上之の西南に接して箱田があり、
箱田神社はかって久伊豆明神雷電権現と称され、
久伊豆神と雷電神が集合されている。
雷電神社の本社は群馬県邑楽郡板倉町の同名社である。
箱田に接して肥塚地区があるが、
南北朝時代には「桃塚」と表記されたが、
「批塚」ともあり、「ヒッカ」である。
これは「ヒツギ・櫃」が祖語で箱田の「箱」に相当する。
「ハコタ」は
「聖櫃」 ARVN-HKDSH(arun-hakudash)の
HKD-を音写したものである。
代(だい)という地名がある。
これは「ヨ」であり、IYNの変形"Y"の音写で「泉」を表わす。
熊谷(くまがや)は「クマヤ」と音訓できる。
肥塚地区に熊谷神社が鎮座しているが、
これも「クマヤ」であっただろうか。
「クマヤ」はヘブライ語の
KVVILI(kmele) の転訛したもので「泉」を表わす。
"VV"は、まゆ眉VVYI、白いVVYYS(繭)の例で
すでにみたように"MM"に変化しており、
kmeye
よって「熊谷」は星川の水源で
星神の鎮座をしている旨を示している。
熊谷市の北、利根川沿いに大里郡妻沼町には
上根(上之、上野に同じ)があり、
葛和田に字名「秦」名があることは注目される。
町名妻沼はシオンTsYVNを祖語としているとみられる。
このように埼玉県の東部において、
イスラエル人のヤハゥエ神信仰が行われていたことが
示されている。
又久伊豆神社は
ガド族の「十戒」信仰を主眼としていたのである。
そして久伊豆神社が鎮座する地域を
流れているのが荒川(元)で、
「アラ」はヘブライ語の「神」を表わす
ALH の音写に依っているのである。
「荒川」は「神川」である。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
2016年2月5日金曜日
《久伊豆神社と「十戒」》➀
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『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:1068~1078頁
第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《久伊豆神社と「十戒」》
「久伊豆」は一般に「ヒサイズ」と呼ばれている。
その背景には何があるだろうか。
玉敷神社は現在騎西町騎西に鎮座しているが、
同社は当初騎西地区の北に隣接する正能(しょうのう)の
西北端にある吉富に鎮座していたことが知られている。
この「正能」が「ヒサイズ」を解明する要因となる。
同名は音訓すると「セイノウ」で、
これは現イスラエルの南方にある
シナイ半島名に由来を持つのである。
シナイはヘブライ語で SYNY であるが、
「ヒサイズ」は
モーセがエジプトからここに逃れて来たことに始まる。
彼はそこのホレブ山において神から
「十戒」を授かるのであるが、
その時の状況を「出エジプト記」第3章1は
3:1
モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司である
エトロの羊の群れを飼っていたが、
あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、
神の山ホレブに来た。
「正能」は「シナイ=ホレブ山」を表わす。
ホレブ山は一般にシナイ山と呼ばれているからである。
正能地区の東に隣接する日出安(ひでやす)地区名は
「ミディアンMDIM」の変化したものであり、
上記の引用のようにそれはシナイ山のある地方名である。
北川の高柳「コウリュウ」また
加須市礼羽「レイハ」は
「ホレブ」の転訛した地名であろう。
中世にこの辺りは埼西郡葛浜郷と呼ばれていた。
「葛」はガド族を「浜」はホレブの訛ったものとみられる。
加須市は「カゾ」という。
「葛」を「カズラ」というのにも明らかなように
ガド Gad に由来している。
この地域は葛飾郡に属していた訳ではなかったので、
その「葛」を指してもいない。
「葛(カズラ)」は「藤」であるが、
玉敷神社の藤は
越谷市の久伊豆神社の藤棚と同じく
神社の象徴である。
藤が久伊豆神社にあるのは意味深い。
それがガド族を象徴しているばかりでなく、
行田市に藤間があるように
久伊豆神社の祭神をも表象させている。
つまり、
ユダヤ教において神の御名を呼ぶ際の別称
HShM(hashem) が転訛したものと考えられるからである。
騎西町の南隣に隣接する菖蒲町名は
エルサレムの丘名・町名である
シオン名の転訛である。
三重県上野市に菖蒲地区があり、
そこに市場寺があることから明らかである。
「市場」については後述
「千葉:坂戸神社の人身御供神事」で詳説する。
その菖蒲町に柴山枝郷、
それに接する南埼玉郡白岡町に柴山の地名がある。
これもシナイ山を表わす。
「出エジプト記」第3章3:2~3:4は上記に続いていう。
3:2
そのとき、
柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。
彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、
柴は燃え尽きない。
3:3
モーセは言った。
「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。
どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」
3:4
主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。
神は柴の間から声をかけられ、
「モーセよ、モーセよ」と言われた。
柴山とはこの「しば」の山、
つまりシナイ(ホレブ)山を言っているのである。
小字名の「神の木」とはその「しば」であろう。
「出エジプト記」は、
ここにおいて神が
「有ってある者(YHWH)」であることを明かし、
「十戒」を授与することになる。
柴山の南方桶川市小針領家・倉田、
北足立郡伊奈町小針新宿・小針内宿とある
「小針・倉田」はヘブライ語の「声」を意味する
KVLVT(kvdut) の音写による地名で「神の声」を表わし、
「十戒」を内義とする用語である。
騎西町に上埼・下埼と「サキ」がある。
これはモーセがその群れを追っていた「羊」を表わし、
ヘブライ語の SK(sak) によるものである。
加須市の東南に久喜市があるが、
この「クキ」は聖書を表す「巻、冊」を意味する
KhRKh(kharakhi) の音写である。
「十戒」は
Isharat-hedibudut (十のこだま)と表記されている。
IShR は女性形で、 IShRH は男性形、
IShRVT(Isharat) は男性形複数である。
古久喜に太田神社が鎮座するが、
これは IDH(Iedah)「証人」に依るもので、
ガド族の象徴である。
加須市の東側栗橋市の伊坂は
その IShRH(Iasarh) の音写であり、
「クリハシ」は KVLVT-HShM(kulut-hasshem) の音写で
「神声(声-神)」を表わして」おり、
市内の佐間は ShMH(shamh) で
神の御名を呼ぶ場合の別称で HShM に対応する。
「ヒサイズ」はこの「神の声、天声」を意味する
「こだま」に依拠すると考えられる。
前述のように十戒は「十のこだま」と表記されている。
HDBVDVT(hedibudut) の語幹
HD(hed) は「こだま、反響、轟」を表わし、
同類語 HDHD(hidehed) は
「こだますること、反響、余韻」を表わす。
この HDHD こそ「ヒサイズ」の祖語である。
ガド Gad が「カゾ加須」となっているように
"D"は"Z"にここでは変化しているのである。
「ヒサイズ」神社は結局「十戒」神社ということになる。
それはモーセと神とのシナイ(正能)の
ミデアン(日出安)のホレブ(高柳・礼羽)山における
事件であった。
神より授けられた「十戒(律法)」は
二枚の石板に刻印され、箱に納められた。
その箱、「契約の箱」は
KIhSH(kufusah) 支布佐・吉佐・騎西・
クイズ<久比須・久伊豆>)として保たれているのである。
その本義については長い間忘却されてきたのである。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
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本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
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ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
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鳥居のルーツ
2016年2月4日木曜日
《久伊豆神社とお獅子様》②
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創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
執筆時期:1999~2000年
牛角と祝祭・その民族系譜:1057~1067頁
第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰
《久伊豆神社とお獅子様》
越ヶ谷地区の東方には第10章「朝鮮と故射」で紹介した
「松明まつり」の川崎神社の鎮座する北川崎がある。
この地方に倭人系統の人々が定着し、
彼らの得意とする稲作と養蚕による
開発を進めていたのである。
そして6世紀に渡来し、
岩槻市の久伊豆神社に拠点を構えた
土師氏に縁のあるイスラエル人が流通と加工の面で
活躍し始めたのである。
生糸加工業者は「玉」を意味するヘブライ語の
KVYL(koya)・「コ―ヤ」をこの一帯の地名として
呼んでいたのではないかと推測される。
この遺称が越谷市の西方岩槻市に近い「北越谷」である。
その地域は現在よりかなり広い範囲であったとされる。
ゴーヤ(後谷)は平安時代になってかその後か
サンスクリット語の
kāya(身体) の意味と理解されるようになり、
市内の蒲生の久伊豆神社の境内社
「体守護社」となっている。
玉敷神社の神職は代々河野氏であった。
この氏姓も「コーヤ」であり、
後谷と事情を同じくするだろう。
「タマシキ」は上記の通り雌獅子だが、
漢字の玉は KVDL(kogl) であり、
「敷」は「しく」で「布く(布を伸ばす)」あるいは
「ひく」とすれば「糸をたぐる」の意味であり、
繭玉より生糸を紡いで絹帛にすることや
加工(染色など)する字義が含まれているとみられる。
「コーヤ」は現在染色業者の名称で
「紺屋」と表記されている。
その起源は秦氏の生糸加工技術であったと思われる。
紺屋の業界では「地玉」の用語があり、
その土地で生産された絹織物やその加工品の事を言った。
埼玉県では江戸時代に江戸へ大量に売られた
紺のユカタが「地玉」として知られている。
「紺」の伝統は律令時代までその記録が遡る。
多摩地方を含めた武蔵で
大量の絹製品が生産されていた様子は
「延喜式」の武蔵国に定められた
「調」の内容を見れば明瞭である。
それには
「縑帛60疋、紺60疋、黄帛100疋、掾帛25疋、」
紺布90端、縲布50端、黄布40端、絁、布」とある。
縑帛から掾帛までが絹で、以下は綿布である。
東京都調布市を中心とする辺りは木綿の産地で、
第11章の「大江戸:塩土老翁の鎮座地」で触れた。
調は古代律令時代の租庸調の絹、絁、糸、綿、布の
繊維製品、その他の物品を貢献する制度であった。
この調を名称とする調神社が越谷市、岩槻市に近い
浦和市岸町に鎮座している。
「延喜式」神名帳足立郡に同名で記載され、
「調宮縁起」によれば
崇神天皇の勅命により創建されたという。
調の制度は後の制度であるから、
それが正しいとすれば他の呼称か、
屯倉でない他の理由で定礎されたものであろう。
同社は調を「ツキ」を訓み、
「月の宮さま」としても親しまれている。
その始まりは中世として考られている。
また「うさぎの宮」として知られ、鳥居や狛犬がない。
そこで一つの推論が成り立つ。
調は繊維製品を総括役目であること、
「月」は「三日月」、
「うさぎ」は稲羽の白兎に通じることを勘案すると
同社の奉祭は土師氏が関係していたとみられる。
土師氏が6世紀に出雲から渡来したいう
確かな伝承を持つ岩槻市の久伊豆神社も近く
その可能性は大きい。
うさぎは HSGKH(hazngokhe) で「監督」の意味であり、
調を担当する者に適しい。
越谷市川柳町と草加市青柳のも久伊豆神社は鎮座し、
「柳」はその信仰に関係ありそうである。
柳は「ヤギ」あるいは「ヤキ」であり、
ヘブライ語の「月」を表わす
YRKh(yarkh) に依拠しているとみられる。
月である「三日月」は
ヘブライ人には切り離せない象徴である。
「ヤギ」は八潮市の柳之宮、三郷市の八木郷、
江戸川を越えた千葉県流山市の八木と広がっている。
流山市の八木の内の長崎には
焼津市小川遺跡から出土した木簡に、
蘇民将来名と共に書かれていた
天形星皇(王)を祀る天形星神社が鎮座している。
同社を奉祭する八木の地域には
戸部姓の方が多く住んでいる。
それはヘブライ語の「祈り」の意味である
TFYLH(thile)に由来した呼称である。
市野谷、平井もその関連名であろう。
市野名は兵庫県揖保郡新宮町に市野保とある。
また赤穂郡上郡の八保神社名も
YRKh であることを紹介した。
八潮市柳之宮には隣りには
越谷市の北後谷に対する南後谷もあり、
後述することにする。
このように久伊豆神社は
安来市を聖地とする人々の信仰の対象である。
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