2016年2月8日月曜日

《久伊豆神社と「十戒」》②


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 《参考:年表・資料》
 Matのジオログ(History)
 さいたま朝日WEB
 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
 セブンネット

 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
 執筆時期:1999~2000年
 牛角と祝祭・その民族系譜:1068~1078頁

 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《久伊豆神社と「十戒」》

  加須市の北川は羽生市である。

 この「ハニュウ」は「ミデアンの祭司」を表わす。

 ヘブライ語の FhHNH(fehnah) が

 その祖語で「祭司職」である。

 市中央部羽生南に接する秀安(ひでやす)は

 騎西町の日出安と同じく「ミデアンMDIM」である。

 羽生北に鎮座する大天白神社は

 「志摩のダイダラボーシと天白社」でみたように

 ヤハゥエ神を祭祀した社名である。

 秀安の西隣り加羽ケ崎は、

 「加羽」が KBS(kebes、羊・緬羊) 、

 「崎」は SH(sak) で「子羊・小やぎ」で、

 「羊の子羊」を表わす。

 桑崎・川崎(上下)はこれと同様か、

 KBSH(kibesah 羊・緬羊)に依るものであろう。

 小松・小松神社は「モーセ五書」に由来する Khmesh を、

  岩瀬も ISRH(Iasah 十) で、「十戒」を表わす。

 手小林:てこばやし(上中下)名は「トネリン」で、

 「トネ」は、雷を表わす DYNIR(diner) で、

 これは利根川の「トネ」とも同根である。

 「リン」は RIM(rime) で「雷名、轟王」を表わす。

 域内の雷電宮(上手小林)、

 音無神社 DYNIR(同)はそれを示している。

 「羽生」はまた「ハブ」とも訓まれるが、

 これは「ホレブ」の転訛であろう。

 字(あざ)名「発戸(ほっと)」は「ハブ」か「こだま」の

 HD(hed)に係わるものだろう。

 須影、小須賀は子羊を表わす SH が元になっているが、

 この地名は羽生市の西側行田市の東北端利

 根川沿いの須加にも継がれている。

 同市の東端に位置する

 太田、小針の地名は前述に同じである。

 若小玉は正に「こだま」に係わっている。

 その域内に鎮座する勝呂(すぐろ)神社の「スグロ」は、

 本書ではこれまで説明していないが、

 メソポタミアのチグリス川、ユーフラテス川の上流

 スバルトゥ、ハブールに祖地を持った

 グルジアの人々の「泉」を表わす 

 tsgra と祖語を同じくしている。

 同神社の東方にある竜泉寺がそれを傍証している。

 "ts"はツ"と日本語では訓んでいる。

 菖蒲町で挙げたシオンは

 ヘブライ語でTsYVN(ツィボン)であり、

 エルサレムの代名詞であるシオンへ帰り

 イスラエルの建国に当たろうとする運動を日本では

 「シオニズム」と表記する。

 よって、「勝呂 tsgra」は「シロ、白」となり、

 「白川戸」の語頭となっている。

 「川戸」は「カワベ」でヘブライ語の「星」を表わす

 KhVKhB(kvhave)の音写であり、

 「白川戸」は「泉‐星」を表わす。

 行田市の北面に位置する北埼玉郡南河原村に

 江戸時代まで勝呂神社と称された河原神社が鎮座する。

 「河原」も KhVKhB を祖語とする。

 村内の馬見塚名は「泉」を意味する 

 MBVI(mavui) に係わっている。

  埼玉県東北端にある川辺町名の遺るように

 北埼玉郡や北足立郡などに

 「河辺、川辺、川戸」などが用いられてきたが、

 これらの多くは

 「星」あるいは「泉星/井星」を表わしている。

 菖蒲町から白岡町・久喜市境を星川が流れるが、

 「河原井」の地名がここにあり、「星‐井」の字義である。

 因みに白岡は「岡泉」の地名があるように

 「岡‐泉/白」である。

 星川は本来現在の見沼代用水の古名であり、

 江戸時代には天神河原用水と表記されている。

 「星神」の字義である。

 現在においても星川(上星川)は

 行田市荒木で利根川へ合流するまで

 行田市および同市と南河原村の境を成して

 その水源は熊谷市である。

 同市の中央部熊谷駅近くに

 「星川」の町が置かれている事からも

 同地域にとって同名がいかに重要であるかが解る。

 星川の水源は上之(かみの)地区にある。

 「上之」は

 台東区の上野、三重県上野市、同市上之荘も同じで

 「泉」を表わすヘブライ語の IYN(Iayen) の転訛である。

 実際上之村では多くの泉が涌いていたと記録にある。

 またこの辺りは那珂川郷であったとみられており、

 「ナカ」はヘブライ語 NHR(nahar) に依り、「川」を表わす。

 上之に接し、川上名があり、泉、川の関係がみられる。

 三重県の名張市名はこの NHR(nahar) に依拠する。

 現在名雷電神社は明治2年まで久伊豆神社と呼ばれている。

 この地域に久伊豆神社信仰が行われていたことが解る。

 上之の西南に接して箱田があり、

 箱田神社はかって久伊豆明神雷電権現と称され、

 久伊豆神と雷電神が集合されている。

 雷電神社の本社は群馬県邑楽郡板倉町の同名社である。

 箱田に接して肥塚地区があるが、

 南北朝時代には「桃塚」と表記されたが、

 「批塚」ともあり、「ヒッカ」である。

 これは「ヒツギ・櫃」が祖語で箱田の「箱」に相当する。

 「ハコタ」は

 「聖櫃」 ARVN-HKDSH(arun-hakudash)の

 HKD-を音写したものである。

 代(だい)という地名がある。

 これは「ヨ」であり、IYNの変形"Y"の音写で「泉」を表わす。

 熊谷(くまがや)は「クマヤ」と音訓できる。

 肥塚地区に熊谷神社が鎮座しているが、

 これも「クマヤ」であっただろうか。

 「クマヤ」はヘブライ語の 

 KVVILI(kmele) の転訛したもので「泉」を表わす。

 "VV"は、まゆ眉VVYI、白いVVYYS(繭)の例で

 すでにみたように"MM"に変化しており、

 kmeyeとなったものである。

 よって「熊谷」は星川の水源で

 星神の鎮座をしている旨を示している。

  熊谷市の北、利根川沿いに大里郡妻沼町には

 上根(上之、上野に同じ)があり、

 葛和田に字名「秦」名があることは注目される。

 町名妻沼はシオンTsYVNを祖語としているとみられる。

  このように埼玉県の東部において、

 イスラエル人のヤハゥエ神信仰が行われていたことが

 示されている。

 又久伊豆神社は

 ガド族の「十戒」信仰を主眼としていたのである。

 そして久伊豆神社が鎮座する地域を

 流れているのが荒川(元)で、

 「アラ」はヘブライ語の「神」を表わす

 ALH の音写に依っているのである。

 「荒川」は「神川」である。

 《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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