2016年2月4日木曜日

《久伊豆神社とお獅子様》②


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 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
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 創世紀―牛角と祝祭・その民族系譜―
 著述者:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦
 執筆時期:1999~2000年
 牛角と祝祭・その民族系譜:1057~1067頁
 第16章 ヘブライ人の日本定着とヘブライ(イブリ)の信仰

 《久伊豆神社とお獅子様》

 越ヶ谷地区の東方には第10章「朝鮮と故射」で紹介した

 「松明まつり」の川崎神社の鎮座する北川崎がある。

 この地方に倭人系統の人々が定着し、

 彼らの得意とする稲作と養蚕による

 開発を進めていたのである。

 そして6世紀に渡来し、

 岩槻市の久伊豆神社に拠点を構えた

 土師氏に縁のあるイスラエル人が流通と加工の面で

 活躍し始めたのである。

 生糸加工業者は「玉」を意味するヘブライ語の

 KVYL(koya)・「コ―ヤ」をこの一帯の地名として

 呼んでいたのではないかと推測される。

 この遺称が越谷市の西方岩槻市に近い「北越谷」である。

  その地域は現在よりかなり広い範囲であったとされる。

 ゴーヤ(後谷)は平安時代になってかその後か

 サンスクリット語の

 kāya(身体) の意味と理解されるようになり、

 市内の蒲生の久伊豆神社の境内社

 「体守護社」となっている。

 玉敷神社の神職は代々河野氏であった。

 この氏姓も「コーヤ」であり、

 後谷と事情を同じくするだろう。

 「タマシキ」は上記の通り雌獅子だが、

 漢字の玉は KVDL(kogl) であり、

 「敷」は「しく」で「布く(布を伸ばす)」あるいは

 「ひく」とすれば「糸をたぐる」の意味であり、

 繭玉より生糸を紡いで絹帛にすることや

 加工(染色など)する字義が含まれているとみられる。

 「コーヤ」は現在染色業者の名称で

 「紺屋」と表記されている。

 その起源は秦氏の生糸加工技術であったと思われる。
 
 紺屋の業界では「地玉」の用語があり、

 その土地で生産された絹織物やその加工品の事を言った。

 埼玉県では江戸時代に江戸へ大量に売られた

 紺のユカタが「地玉」として知られている。

 「紺」の伝統は律令時代までその記録が遡る。

 多摩地方を含めた武蔵で

 大量の絹製品が生産されていた様子は

 「延喜式」の武蔵国に定められた

 「調」の内容を見れば明瞭である。

 それには

 「縑帛60疋、紺60疋、黄帛100疋、掾帛25疋、」

  紺布90端、縲布50端、黄布40端、絁、布」とある。

 縑帛から掾帛までが絹で、以下は綿布である。

 東京都調布市を中心とする辺りは木綿の産地で、

 第11章の「大江戸:塩土老翁の鎮座地」で触れた。

 調は古代律令時代の租庸調の絹、絁、糸、綿、布の

 繊維製品、その他の物品を貢献する制度であった。

 この調を名称とする調神社が越谷市、岩槻市に近い

 浦和市岸町に鎮座している。

 「延喜式」神名帳足立郡に同名で記載され、

 「調宮縁起」によれば

 崇神天皇の勅命により創建されたという。

 調の制度は後の制度であるから、

 それが正しいとすれば他の呼称か、

 屯倉でない他の理由で定礎されたものであろう。

 同社は調を「ツキ」を訓み、

 「月の宮さま」としても親しまれている。

 その始まりは中世として考られている。

 また「うさぎの宮」として知られ、鳥居や狛犬がない。

 そこで一つの推論が成り立つ。

 調は繊維製品を総括役目であること、

 「月」は「三日月」、

 「うさぎ」は稲羽の白兎に通じることを勘案すると

 同社の奉祭は土師氏が関係していたとみられる。

 土師氏が6世紀に出雲から渡来したいう

 確かな伝承を持つ岩槻市の久伊豆神社も近く

 その可能性は大きい。 

 うさぎは HSGKH(hazngokhe) で「監督」の意味であり、

 調を担当する者に適しい。

  越谷市川柳町と草加市青柳のも久伊豆神社は鎮座し、

 「柳」はその信仰に関係ありそうである。

 柳は「ヤギ」あるいは「ヤキ」であり、

 ヘブライ語の「月」を表わす

 YRKh(yarkh) に依拠しているとみられる。

 月である「三日月」は

 ヘブライ人には切り離せない象徴である。

 「ヤギ」は八潮市の柳之宮、三郷市の八木郷、
 
 江戸川を越えた千葉県流山市の八木と広がっている。

 流山市の八木の内の長崎には

 焼津市小川遺跡から出土した木簡に、

 蘇民将来名と共に書かれていた

 天形星皇(王)を祀る天形星神社が鎮座している。

 同社を奉祭する八木の地域には

 戸部姓の方が多く住んでいる。

 それはヘブライ語の「祈り」の意味である

 TFYLH(thile)に由来した呼称である。
 
 市野谷、平井もその関連名であろう。

 市野名は兵庫県揖保郡新宮町に市野保とある。

 また赤穂郡上郡の八保神社名も

 YRKh であることを紹介した。

 八潮市柳之宮には隣りには

 越谷市の北後谷に対する南後谷もあり、

 後述することにする。

  このように久伊豆神社は

 安来市を聖地とする人々の信仰の対象である。

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