2012年3月11日日曜日

御気野命は素戔鳴尊で神武天皇で天智天皇でもある



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学院講義録26:15頁

 《御気野命は素戔鳴尊で神武天皇で天智天皇でもある
 《御気野命は素戔鳴尊で神武天皇で天智天皇でもある

 「御気野命」は三毛野の王で、

 ミケノはギリシャのミケーネそっくりの土地、

 今の鹿児島県隼人町にあたること、

 また神武天皇の名乗りの一つでもあることを最近号でお話しした。

 天皇が隼人町にいたことは、

 兄の五瀬の命と高千穂の宮で東征を語りあったというその宮が、

 今も隼人町に現存していることで疑いない。

 もちろん『神武天皇』記事は個人記録ではなく、

 数人の天皇の事跡の合成であるが、

 そこには架空の話はなく、すべて史実ばかりである。

 その最重要人物は天智天皇だが、

 彼は間違いなく「小国・日本」の皇子であり、

 その日本は鹿児島県のことだったから、

 兄と高千穂の宮にいても不思議はない。

 それだけでなく

 西の白日の国=白・虎(コ)=木(コ)=新羅(シラキ)の王(金春秋)でもあった

 彼の敗った政敵は、

 東の青(オオ)竜=倭(オオ)の国の女帝・斉明天皇で、

 大和にいた内宮(うちつみや)の御上=(ヤマタ(大和)のウチ(大?(ウチ))

 天照大神だったのだから、天智天皇はスサノオの尊そのものでもある。

 神武天皇だけではないことがこれでおわかりになったと思う。

 だから祝詞(のりと)によって称えられる「御気野命」は、

 唯一人の神なのではない。

 スサノオもまた、神武天皇と同じく複数の人物が複合して凝縮した神格で、

 一個人の名乗りではないことが、この立証でも適確にお解り戴けたと思う。

 だから「『出雲国風土記』に出てくるから出雲の地方神だ」程度の説は、

 学問の中には入らないのである。

 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
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